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身体測定で(1)

「忘れていました。すいません!」
 聡(さとる)は必死に弁解していた。遅刻してしまったのだ。聡が教室に辿り着いたのはちょうどホームルームを終えたところだった。他の生徒たちは身体測定を受けるために体育館へ移動しようとしていた。どさくさに紛れて何とかなるだろうと思っていたのだが甘かった。担任の藤木は冷徹で有名だ。感情の一切を見せない50代の男性教師で生徒たちからは畏れられている存在。暴力ではなく精神的に追い詰めてくるタイプなのだ。
「今から取りに帰りなさい」
「え?」
「待っているから、その忘れものを取ってきなさいと言っている」
「え…、今からですか…」
「何だ?」
「あ、いえ解りました。帰って持ってきます…」
 聡は遅刻した上に宿題も忘れてきたのだった。ホームルームで宿題を回収していたらしい。宿題をやってきたかどうかを問われ聡は正直に忘れたことを伝えた。そもそも遅刻したのは夜更かしして宿題をやっていたからなのだが、間抜けにも鞄に宿題を入れ忘れてしまった。藤木はそれを取りに帰れと命令した。聡はクラスメイトたちから注目され、強張った空気が伝播していく。
 その後、聡は宿題を取りに帰った。他の生徒たちは今頃身体測定を受けている頃だろう。途中で補導されそうになって事情を説明して時間を喰った。家に帰ってから宿題を探し出すのに手間取った。こういったプリントの類はどうしてどこに置いたか解らなくなるんだろうか。そんなこんなで学校へ戻るのにたっぷりと時間をかけてしまった。
「後はお前だけだぞ。しょうがないから今から行ってこい」
「あ、はい…」
 身体測定はとっくに終わっていて2時限目の授業中。宿題を提出した聡はクラスメイトたち皆の前でまた叱責を受ける。視線が集まって恥ずかしい。聡は顔を赤くして俯いた。一通り叱られたあとに、聡は一人で身体測定を受けてこいと指示される。
「体育館で今、他のクラスが身体測定中だ。そこに混ぜてもらうしかないだろう」
「はい…解りました…」
「ここで服を脱いでから行け」
「…え…?」
「遅刻した罰だ。宿題を忘れたのもいけない。今だってお前のために授業を中断している。みんなに申し訳立たないだろう。だから罰として服を脱ぐんだ」
 無茶苦茶だ。何を意味不明なことを言っているんだと聡は怒りを感じた。しかし逆らえない。
「や…でもぉ…」
「でも、なんだ?」
 反論しても無駄なことは解っていた。他の生徒が叱られているときも、反論しても藤木は理不尽な屁理屈を持ち出して、生徒に罰を受けさせているのを何度も目撃している。
「自分が悪いんだろう? 早くしろ。お前がのそのそしているとみんな迷惑なんだ」
「は、はい…」
 しかし服を脱げという罰は今までにないものだった。突然の展開にクラスメイトたちも息を呑むのが解る。教室の空気は変わっていった。
「体育館へ行ってからちんたら服を脱いでいたら佐倉先生を待たせてしまうだろう。ここで脱いでいった方が効率的だ」
「…」
「早くしろ。返事は?」
「う……。はい…」
 クラスメイトたちは長々と説教する藤木に苛ついていた筈だ。早く解放してやれよと。しかし罰を言い渡されたあとは聡への同情や味方をする空気は消え去った。ただ、成り行きを見守るだけ。
 1分ほど渋った後、仕方なく聡は罰を実行する。教壇の前、黒板を背景に背負っていた鞄を下ろし上着に手をかける。このクラスは男子生徒よりも女子生徒の数が多い。聡は女子生徒の目線を意識してしまう。上着を脱いでゆっくりと畳んだ。もういいぞ許してやるとかやっぱり早く行けとか言ってくれると思っていたが、藤木は死んだ魚のような目を向けてくるばかりで黙ってみていた。教室はしーんと静まり返る。聡の衣擦れの音だけが響き渡る。上履きを、靴下を順に脱いでいく。ハーフパンツのジッパーを下ろして、そこで手が止まった。顔を上げられない。誰かのつばを飲み込む音。小さく「おぉ」と声を漏らす者。挙げ句には藤木が靴で床を鳴らし、貧乏揺すりのようにリズムを刻む。急かされていることが解る。嫌なことは早く終わらせたいと聡はハーフパンツを脱いだ。足首から引き抜いてさっさと畳む。
 クスッと小さく笑う声がどこかで聞こえる。ブリーフ姿の聡。教室の前で自分一人だけだ。先生やクラスメイトたちはもちろん服を身に着けている。劣等感を感じた。聡は恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。聡は前屈みのまま、これで良いだろうと藤木をチラ見する。
「よし、服を自分の机の上に置いてから体育館へ行け」
「え…」
「当たり前だろう。脱いだまま放っていくやつがあるか?」
「あ、はい…」
 自分の机は教室の中央付近だ。あそこまで歩けというのか…。上履きだけ履き直して聡は静まり返る教室の中を歩いた。自分で脱いだ服と鞄を抱えて、肩を落とし背を丸め、前屈みになりながらだ。クラスメイトが肩を並べる机の列の中に入っていく。通り過ぎていく裸の聡を見守っている生徒。後ろの方で首を伸ばして聡を見ようとしている生徒。運がいいのか悪いのか四方を女子生徒に囲まれている聡。普段、くだらない話をダベっている隣の女子生徒は蔑んだ目で聡を見ていた。軽蔑の眼差しや嘲笑の表情は直接彼女たちの顔を見なくても感じられる。誰もが聡の股間の膨らみに注目しているようだ。間近でクラスメイトたちに見られてしまい、聡は逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。聡は視線を下に落としたまま自分の机に服を載せて教壇のところまで戻った。そしてそそくさと何も言わず早く教室を出て行こうとする。
「あー待て、柳と梅原。こいつと同行しろ」
「はい」
 呼ばれた梅原は従順に返事をする。彼女はクラス委員長だ。明るいほのかなブラウンの髪と細い赤渕のメガネが特徴的だ。面倒見の良い性格のせいで委員長に推薦された梅原はしかしみんなの期待通りよく働いた。先生の指示に従順でよく褒められる。抜けの多い聡とは育ちが違っていた。
 梅原が前に出てくる間に、柳はいつの間にか聡の横に立っていた。前の方の席だったし靴音がないので解りにくいのだ。彼女は保健係で献身的な性格だ。黒髪と色数の少ない地味な服装。口数も少ないがいつも怪我をした生徒の前に救急箱を持ってすうっと忍び寄る。下を向くことが多いが彼女もまた従順で優秀な生徒だ。
 前に出てきた女生徒二人に挟まれた格好となる聡。服を着た彼女たちに対してブリーフ一枚しか身につけていない状態の聡は、もじもじと内股になって股間を隠すように両手を前で組んだ。
「よーし、行ってこい。梅原ちゃんと佐倉先生に説明するんだぞ」
「はい」
 梅原加奈を先頭に裸の聡が続き、背後をすぅーと柳忍がついてくる。一人きりの過酷な身体測定が始まろうとしていた。

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