その戦争は些細なことから突然始まった。
授業の一環でイチゴが育ててた朝顔の鉢植えが割られていたのだ。
イチゴというのはあだ名だ。
大人しい娘で、髪の長い、整った顔立ち、クラスで一二番を争う美人だと思う。
その娘とは家が近いこともあって、犯人は何故か僕だということにされていた。確証はないのに。
そういう根も葉もない噂は広がりやすい。
実際に僕はやってないが、必死に弁解する気にもならないから放っておいた。
過去をさかのぼってみよう。
僕は小学2年生までスカートめくりの常習犯だった。
そういう子供だった。
そのときもイチゴはターゲットだったのだ。
小学2年のときのイチゴは髪が短くてバカそうに見えたから、ターゲットにしても大丈夫だと思っていたんだ。距離が近いというか、僕もバカだからな。幼なじみでもあるし。
今ではもちろんそんなバカげたことはしないが、女子というのはそういうことをいつまでも覚えているものだ。
そういうこともあって、鉢植えを割ったのは僕という説が補強され、有力視されていく。
それは火種だ。
こういう類いの事件は実は頻繁に起きていることで、一つ一つは取るに足らないこと。
でも積み重なることで、負の感情は溜りに溜っていくのだ。
そして気付いたら、男子と女子の間に深い溝ができていた。
僕のクラスの水面下では知らない内に派閥が形成され、いくつもの内乱が起き、大きな流れを作っていった。
そして決定的な火種がクラスの中に放られる。
水泳部の部室でリンゴが誰かに襲われたという事件が起こった。
リンゴというのはコードネーム…まあ、ただのあだ名だ。
彼女は水泳部のエースで、一人だけ赤いラインの競泳水着なんか着てるから“赤い彗星”なんて呼ばれたりしていた。
ゴーグルをつけているときの彼女は本当にマスクを着用しているのかと思うほどカッコいい。
ショートカットで日に焼けた肌、筋肉質な身体だけどおっぱいはそれなりに大きい。目力もある、体育会系の快活な性格だけど、女性らしい身体のラインがまたそそるんだよね。
そんな彼女が襲われた。
この場合、襲われたというのは具体的に何をされたのかが聞きたくなるが、しかし詳細は誰もが口を噤んだ。というより知らないのだろう。
今までの火種より、ハードな内容の事件だけに噂は急速に広まる。デリケートな内容も含んでいるし、エースがやられてしまうという衝撃もある。未知の領域だ。あることないこと真相を誰も知らないまま噂だけが先走っていった。
僕はみんなより真相に近いところにいる。
犯人が誰か知っているのだ。
しかし実際の現場を目撃していたわけではない。
「はりつけの刑に処します!」
求刑に対して、ざわざわっと反応が広がっていく。
即席の裁判官である、メガネ委員長のイチジクさんが「静粛に!」と付け加えた。
建設中のマンションの一角だった。
クラス全員というわけにはいかないが半数はここに集まっている。2組のそれぞれの派閥から主要メンバーは出席しているから大局に影響はないだろう。
放課後だがよくこれだけ集まったものだ。
剥き出しの梁や木材が置かれている。シートに包まれた建物は外部から遮断されていて、大人には見つからない場所だ。
「異議なし」
「ちょっ待てよっ! なんか知らんけど重いんじゃないのかそれ!?」
「公平な立場から判断したまでですよ。女子のみなさんの溜飲を下げるにはちょうどいいと思いますし」
現場には脚立があって、その即席の壇上に僕は跨がっていた。被告席だ。
「ダメだ。罪に対して罰が重すぎるぜ」
男子側、すなわち僕の弁護人であるイーグルが異議を唱えていた。
「女子の受ける苦痛は男子のそれとは比較にならないのよっ。当然の判決だわ」
検察官役の女子、ピーチがふんっと鼻を鳴らす。
イーグルもピーチもコードネームだ。いつ頃か男子対女子の戦争に発展していく流れで2組の間ではコードネームで呼び合うようになっていた。
この非公式のクラス裁判にしろ、大人にわからないようにやる男子女子の戦争にしろ、しょせんはごっこ遊びである。
コードネーム自体に特に意味はないけど、それっぽい世界観を演出するためにコードネームが採用されたのだ。
ちなみに僕はホーク。男子は鳥類にちなんだ名前で統一されていた。女子の方は、果物だ。なんだかエロいよね。
「じゃあさっそく執行しましょう。被告人はパンツ一枚になりなさい」
「…は?」
クソ真面目な委員長…もといイチジクさんの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。イチジクさんは僅かに頬を赤らめながらも毅然とした態度を崩さない。
ざわついていた2組の面々も息を呑む。
しょせんはごっこ遊びだと思っていた僕は面食らう。
「ちょ、待てや! 何だそれ!? そんな刑あるかよ!」
イーグルが声を張り上げる。
男子側の最大派閥をまとめるリーダーであり、今や僕の頼みの綱である。
頼む、リーダーもっと言ってくれ。
「それくらいやらないと。リンゴさんが受けた精神的苦痛はもっと酷いんですよ?」
「散々話し合ったんじゃなくて? ホーク君が犯人なのは明白ですよ」
イチジクさんとピーチは女子側の二大権力者だ。
イチジクさんはどの派閥にも所属しないが、委員長という学校権力に直結するポジション。
ピーチは父親が地元有名企業の社長とかなんとかで、金にものを言わせた令嬢。
どちらも僕ら男子が持ち得ない大人な権力がバックについている。
だからといって男子側が屈するかというと、そんなわけはないのだが、多くの男子はピーチ財閥から仕事を頂いている親世代の立場をわきまえて、大きくは出られないでいた。
ギリギリのせめぎ合いなのだが、しかしことここに至ると男子は弱い。
男子と女子の戦いで、男子が圧倒して勝てないのはこういう構造があるからだ。
「くっ…」
イーグルは両親ともピーチ財閥とは関係がない業界だ。だから一人なら強く出られるのだが、さすがに自分だけのことではないから強くは言えないのである。
僕はもうあきらめていた。
冷めた目でこの状況を見ている。
ある意味死刑だろコレ。
「降りなさいよ」
メロンが僕に命令する。ふくよかな身体におっぱいも大きいメロンは、怒りに満ちた表情で僕を責めていた。渋りながらも僕は脚立を降りる。
「自分で脱ぐ? 脱がされる? 選ばしてあげる」
「…ぅぐ」
さすがに脱がされるのは恥ずかしいし屈辱的だから、自分で脱ぐしかないが、それにしても恥ずかしいし屈辱なのは変わらない。自分で脱ぐ方がまだマシってだけで。
僕はTシャツを脱いで上半身をさらした。
怒っていたメロンの表情が僅かにひるむ。そりゃ男がいきなり脱ぎだしたら戸惑うだろう。
イチゴが離れたところから僕を見ていた。目を見開いて驚いている様子だ。
誰も言葉を発さない。
男子側は死に行く友を見送るしかできなかった。
「早くしなさい」
イチジクさんが少しうわずった声で命令した。メガネの奥の目が見えない。
他の女子も異性の裸にたじろいでいる様子だが、一人だけ表情を崩さない女子がいる。ピーチは、よく手入れされた髪だし、服だってハイセンスブランドで揃えている。箱入り娘だって話に聞いたけど、肝が据わっているというか本当に生娘なのか?
「早くっ。家庭教師が来てしまうじゃないのっ」
「…わかったよ」
僕は何度も躊躇していた。ズボンを下ろすのは上半身裸になるのとはわけが違う。ボタンを外してジッパーを下ろして、ってところまではいいけど…。
ここから先は女子に初めて見せることになる。
水着姿とは別次元の姿。
「脱がせるよっ!?」
「わかったわかった」
僕の顔は自分で気付かない内に真っ赤になっていた。メロンの見ている目の前で、幼なじみのイチゴが見守る中で、2組のほとんどの女子の前で、僕はズボンを下ろした。
ひざまで下ろして、いそいそと足首まで下げる。
ジーパンなので足首から引き抜くのに手間取った。
いつも以上に手間だ。
一人で脱いだり履くときはもっとすんなりいってたはずなのに。
僕がズボンと格闘している間に、みんなの目線は僕の白いブリーフに集中していた。
さっきまで、一緒に授業を受けていたクラスメイトの前で僕は何をやっているのだろう。ただ一人衣服を脱いで裸をさらしている。異性だっているのに。
「ぅおっ」
僕はバランスを崩して転んだ。座り直してジーパンを足首から引き抜いた。
ゆっくり立ち上がると僕にはもうやることがない。
立ち尽くした。
ブリーフ一丁という情けない恰好を、恥ずかしくない普通の恰好をした同世代の人々を前にさらしているのだ。
思わずおちんちんの辺りを両手で覆い隠した。
見られている気がした。
みんな何も言わない。これは刑罰なのだからこうやって、無言でみんなに見られること、さらし者になることが刑の執行になる。
「リンゴさんは今日は欠席です。彼女のために証拠写真を撮りましょう」
イチジクさんが静寂を破った。
「んなっ!?」
僕は反論しても無駄だとすぐにあきらめた。今は彼女たちの命令のままやるしかない。
「そうね。写真をリンゴさんに見せることで少しでも溜飲を下げることになればいいわね」
ピーチがほくそ笑む。
「私のデジカメで撮りましょう」
これまたブランドもののカバンの中からデジカメを持ち出してきたピーチはデジカメを僕に向ける。
「両手はバンザイしてください。はりつけの刑なんだから。本当にはりつけにされるよりマシでしょう?」
「言う通りにしなっ」
ピーチとメロンが矢継ぎ早に囃し立てる。
僕はおちんちんをさらすようで恥ずかしくて目を閉じて下を向いた。両手は言われた通り、間抜けにもバンザイする。
内股気味で腰が引けた。
「顔を上げなさい」
イチジクさんがうわずった声で命令した。
男子側はみんな一様に悔しそうな顔をしていた。
ピーチのデジカメが大きなシャッター音を鳴らす。
僕の恥ずかしい恰好が記録されてしまった。
背景には即席のクラス裁判に負けた男子たちの悔しそうな顔が並ぶ。負け犬の情けない顔を容赦なく白日の下にさらそうというのだ。
女子たちは勝利を噛み締めるように安心しきった表情である。
この屈辱は忘れてはいけない。
女子に負かされた屈辱を晴らさなければ僕は生きていけない。
男子側は僕の犠牲を乗り越えて、哀しみを乗り越えて強くなる!
男のプライドをここまで傷つけたのだ。
このまま黙っているわけにはいかないのだ。
男子の力というのを教えてやる。
見せつけてやる。
このクラス裁判は更なる火種となって、女子側に報復することになるのだった。
コメント
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男子と女子のお互いの恥ずかしい姿やプライドをかけた戦い最高です。
男子側の女子への復讐が成功するにしてもその後男子たちがどんな目に合うかなどワクワクします。
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ありがとうございます。がんばって更新します!