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一年戦争で(2)

 「ホーク はりつけの刑」事件が口火を切って男子と女子の対立が明確になっていた。
 お互いがお互いを目の敵にしていて、至る所で口喧嘩が勃発することになる。
「ドスケベ女軍団〜 ひひゃっ」
「うるさいっ向こういけ! あんたも「はりつけ」にされたいの!?」
「おーこわっ」
 バードが単独飛行でリンゴグループの集まる島…、4つの机を囲んで談笑している女子たちをからかっていた。ボーズ頭のバカそうな男子だ。
 彼は僕の壮絶な「はりつけの刑」を見て、我がことのように怒っていた。級友の受けた屈辱はバード自身が受けたも同然なのだ。バカだけどいい奴だな。
 ダッシュで逃げ帰ってきてリーダーであるイーグルの背に回った。
「お前は無駄な体力使ってんじゃねーぞ」
「おお…」
 バードはイーグルにたしなめられて小さくなった。
 イーグル一派は僕を含めた6人で構成されている。
 厳密に言うと僕ともう一人、ファルコンという男子は元々二人だけで活動していた。活動というか本好きという同じ趣味で、よく二人でつるんでいたのだ。
 「リンゴ レイプ未遂事件」を機にイーグルが僕の弁護をすることになって僕とファルコンはイーグル一派に吸収合併される形になった。
 本好き人間の僕らに武力などないから、安全保障の面でイーグルという強国の後ろ盾があるというのは実に心強い。
 僕は自分の島というか席で大人しく座っていた。刑に処された僕は生きているのか死んでいるのかよくわからないが、恥を忍んで出席だけはするようにしている。休んだりなんかしたらホントに死亡扱いになるだろう。そもそも休む理由を親に言えないし。
 ただ、女子たちの僕を見る目が怖かった。
 グループチャットのアプリで僕のブリーフ一丁という滑稽な写真が広まっているのだ。写真とご本人である僕の顔を見比べているんだろう。
 ブリーフの前の膨らみからしておちんちんの大きさは、なんだこんなもんか。みんなの前でパンツ一枚にさせられる間抜けな男子の顔は、なるほどこんな間抜け面かー、などと声に出さないまでも彼女たちが僕を蔑んでいるのがよくわかる。
 僕は服を着ているのに、常に彼女たちの前ではブリーフ一丁なのだ。クラス裁判に出席していないリンゴはもちろん、他の女子たちにも、ひょっとしたら他のクラスの女子たちにも僕の裸が出回っているんだろう。
 僕は常にパンツ一枚で出歩いていることになる。
 女子たちは優越感を持って僕を、いや男子全体を見ていることになる。
 女子たちの頭の中にイメージされた僕の裸が、僕の顔を見ることによって瞬時に再生される。いくら服を着ていたとしても、彼女たちの前では常に裸でいるのと同じなんだ。
 屈辱に打ちひしがれる僕だけど、いつまでもこうしてはいられない。頭にこびりついた「はりつけの刑」を払拭するためには女子たちも同じ目に遭わせてやればいい。
 同じ屈辱を味わってもらおうじゃないか。
 ケータイにはケータイを。
 デジカメにはデジカメだ。
 放課後になり、誰も居なくなった教室で僕は席を立った。チラリと出入り口を確認する。教室の後ろの方へ移動して周りを見回しながらロッカーの前でしゃがみ込んだ。
「よし」
 三段ある一番下のロッカーに、重ねてある体操着をどかして、その下に隠してあったデジカメをささっと取り出してカバンにしまい込んだ。
 完璧だ。
 外で見張り役としてバードが待っている。僕は教室を出て彼と目を合わせた。
「か、帰ろうぜ」
「お、おお」
 僕とバードは誰も見ていないのに芝居がかった言葉を交わして廊下を歩く。
「あなたたち、まだこんなところでうろうろしてたの?」
ビックぅ!!
 背後から声をかけられるまで気付かなかった。
 この声はヒナ先生だ。
「はやく かえりなさいねー」
 ヒナ先生は前の方の扉から教室に入っていった。
 僕とバードは「はーい」と返事して逃げるように、早足にその場を後にした。少しだけ振り返るとヒナ先生がまた教室から出てくる。何をしに教室に入ったんだっけと言わんばかりの表情だ。
 きっと何かの忘れ物だろう。よく忘れ物をする先生だ。少し丈の余ったスーツにさらさらの長い髪。身長は僕らとほとんど変わらないが有名大学出のれっきとした大人だ。
 2組の、つまり僕らの担任である。
 担当授業をすっかり忘れていたとかで二度ほど授業をすっぽかしかけたという前科があるからな。忘れっぽい性格は直らないらしい。
 とにかく学校から出よう。
 人目の少ないところへ行くんだ。
「あんぶなかったな」
「まったくだよ。見張り役が何でちゃんと見張ってないんだか」
「そ、そんなこと言うなよ。ちゃんと見張ってたつもりなんだけどな…」
 バードはしゅんとなってしまった。
 僕とバードは人目の少ない寂れた公園のベンチに腰を下ろす。
「ま、いいやそんなことよりちゃんと撮れてるかな」
「おおそうだ早く見ようぜ」
 バードがぱっと笑顔になって僕の方をのぞき込む。変わり身の早い奴だ。
 カバンを下ろして中からデジカメを取り出した。辺りをもう一度誰も来ていないかを見回してからデジカメに録画されたデータを再生させた。
 どきどきと心臓が波打つ。
 がやがやと教室の喧騒が聞こえてきた。
「メロンちゃんまたおっぱい大きくなったねー」
 どきりとした。
 ひと際大きな声がデジカメから響く。
 音声はよく撮れているようだ…。
 しかし、僕は角度の悪さに愕然とした。映像は教室の机やイスの足ばかりを映しているのだ。たまに女子の足がちらりと映るぐらいで。
「くそ、何かの拍子にカメラが下を向いちゃったんだ…」
「ぅむぅ」
 バードが何とも言えない表情で僕を見た。
 その後も延々と女子たちのくだらない会話が拾われているぐらいで、下着姿が映るわけでもなく、まして顔が撮れているなんてことはなかった。
 失敗だ。
 一番下のロッカーから上向きにカメラをセットしたはずなのに、カメラが映していたのは女子の足だけ。太もものところまでは素足が見えたがギリギリのところで下着姿は映らなかった。
「く…もう一回だ。ホーク、このままじゃ引き下がれねーよ」
「う…うん」
 僕はもう一度教室にデジカメを仕掛けるというリスクを冒すことに躊躇してしまう。
 最初は自分が屈辱的な思いをしたということもあって勢いで仕掛けにいくことができたんだけどな…。
「あなたたち、またこんなところで道草喰ってる!」
 ビックぅ!!
 この声はイチジクさん!
 僕は慌ててデジカメを電源も切らずにカバンの中に押し込んだ。
「な、なんだよ!?」
「まっすぐ家に帰らないとダメでしょ?」
「うぅうるせい」
「先生に報告するからね!」
「ぅぅ勝手にしろ…」
「背後から近づいてんじゃねーぞ」
 バードが果敢に吠え立てた。
「さっき何か隠したでしょ? 悪いこと企んでるんじゃないの?」
 イチジクさんがバードのことなど無視して僕らの前に回り込んできた。
「勉強に必要ないものを学校に持ってきていいと思ってるの?」
「このっ… いいから向こういけっ」
「先生に言って持ちもの検査でもやってもらおうか?」
 ひるまないイチジクさん。僕は委員長権限、学校権力を盾にするイチジクさんに勝てる気がしない。先生に言ってやる理論で攻められたら僕なんかはもう打つ手がないんだ。
「いぃいこうぜ…」
「覚えてろよぅ」
 バードは雑魚が吐くようなセリフを吐いて僕の後に続く。イチジクさんは勝ち誇ったような表情でメガネを光らせていた。追ってくる素振りはない。
「ふんっ。ちゃんと大人しくまっすぐお家に帰るのよ」
 イチジクさんは手提げカバンを持ってどこかに行くようだ。たぶん塾だろう。規則規則うるさいったらないよ。ずっと受験勉強してろよ。
 精神的にも僕の服をひんむいてやったという心理が働いていて、ブリーフ一丁野郎なんかに負けるわけがないと思っているのだろう。下に見てるんだ。
 悔しい。
 今後も規則を守らない男子に対して一層取り締まりが厳しくなりそうだ。
「バード… もう一回仕掛けよう。今度はテープで固定するんだ」
 ひそ…と僕はバードに耳打ちする。
「おし、やろうやろう。イチジクのパンツ大写しにしてやろうぜ」
 バードもやる気だ。
 僕らはその足でまっすぐ家には帰らず学校に戻った。部活でまだ生徒が残っているだろうがさすがに人気はなかった。
 野球部のかけ声や体育館からボールがバンバン跳ねる音が響き渡っていた。
 先生に見つからないようにこそこそと教室まで戻る。
「次の体育は明日の2限だったな。今度こそうまくいく」
 僕は自分に言い聞かせるようにセロテープを使ってデジカメを固定させた。タイマー録画モード発動だぜ。
「イチジクもメロンもピーチもパンモロいただきだぜー」
「…」
 あれ、なんでバードが後ろに居るんだ?
「バード、見張りは?」
「え? あ… あぁ忘れてた。でもまあ誰も来ないだろ」
 バードは罪悪感ゼロの笑顔だった。
 ガララ
「…」
 レモンと目が合う。
 リンゴグループには水泳部のエース(赤い彗星) リンゴ、
 水泳部の補欠 みかん、
 僕の幼なじみ イチゴ、
 そしてイチゴの親友であるレモンが所属していた。
 レモンはショートボブの基本的には目鼻立ちの整った美人だが、きつめの言動が多いところがたまに傷な女子だ。
「何やってるの?あんたたち」
 レモンは部活でもしていたのか恰好はジャージだ。だけど手には花瓶を持っていた。
 僕はデジカメを隠すようにロッカーを背にする。
「何でもねーよ!」
 バードがあからさまに僕を覆い隠すようにして凄んだ。
「怪しー」
 レモンはつかつかと教室に入ってきて窓際に向かった。バードがそれに合わせてロッカーを覆い隠す。やめろってバカっ。何か隠してるのバレるじゃないか。
 そもそもコードネームからして男子は鳥類でまとめようなって話で、みんなはイーグルとかファルコンとか付けてるのになんでお前だけ鳥そのものなんだよ。
 だからバカって言われるんだぞ。
「あたしはヒナちゃんに頼まれて仕事してるだけだから。怪しいあんたたちとは違うし」
 レモンは花瓶の水を替えにいっていたようだ。先生に頼まれたってことは、ヒナ先生の忘れ物ってのはこれのことかよ。
 レモンは何度か僕らの方を見て怪しんでいたが、仕事を終えるとあっさり帰っていった。僕らは胸を撫で下ろす。
「何とかバレずにすんだな」
「いや、バレてると思うけど…。設置場所を変えるか…」
 僕はデジカメを持ってどこが一番怪しまれずにデジカメを設置できるのかを考えながら教室を歩き回った。
「絶対にバレない場所はと…」
 デジカメを両手で持って歩き回る僕は、次の瞬間に訪れるリスクをまったく考慮に入れていなかった。僕もバカだな。
 ガララっと再び扉が開く。
 蔑んだような表情のレモンが僕を睨んでいた。
「このブリーフ野郎っ!」
 レモンがつかつかっと勢いよく僕に近づいてくる。
「ちがっ…これはっ…そのっ…」
 デジカメを背後に隠すもレモンはデジカメを奪い取ろうと回り込んできた。
「やめろー! 人のもん取るなよー!」
 バードが加勢に来るが、周りを回ってるだけで特に役に立たない。
「ソレで何を撮ろうとしてたんだ? ピーチさんに言いつけてやるっ」
 レモンが僕に抱きつくようにして接近してきた。どぎまぎと慌てるだけの僕は机にガンガンぶつかって、やがて転んでしまった。
 ガタンっ
「いって…」
 その隙にひょいっとデジカメを取られてしまった。レモンは距離をとるように後ろに移動していった。
「これは没収よ。中身確認して問題なかったら返してあげる」
 レモンはデジカメをジャージの後ろポケットに仕舞い込んだ。
「そ、ダメだ! 返せっ」
 僕は立ち上がってレモンに飛びかかった。必死だった。中身をチェックされたら僕は学校生活どころか社会的にも抹殺されることになる。
 大丈夫だ。男と女で力が強いのはどっちかなんて明白だ。
 力づくで奪ってやればいい。
 危機を感じたのかレモンは逃げ出す。それを必死の形相で追う。
「やっちまえホーク!」
 バードがレモンの逃げ道を塞ぐように出入り口に向かった。
「うごあr@がg%ー!」
「イヤー!!」
「返せえ!!」
 もはや女子だからってどぎまぎしてる場合じゃない。こっちは人生かかってんだ。
 逃げ道を失ったレモンを抱きつくように押し倒すようにして床に転がしてやった。反射的にレモンは背を向けて、両手を自分を抱くように防御していた。交尾でもするかのように後ろから抱きつく形になる。構うもんか。
 目指すはケツポッケに入ったデジカメだ。
 レモンは暴れて逃れようとした。僕はレモンのお尻をわっしと掴んでデジカメを探った。
「きゃー!!!」
 超音波かと思うほど甲高い悲鳴が轟いた。
 柔らかな感触と硬い感触。
 ジャージの上からデジカメを掴んだところでデジカメは取れないのにも関わらず、僕はデジカメを取ろうとした。気が動転しているようだ。
 気付かない内にジャージが脱げ始めている。
 レモンは必死に裾を掴んでいた。
「やっちまえ!」
 バードが興奮して叫んでる。
 僕はデジカメを取り返すんだという意識しかない。だけどポケットに入ったデジカメをそのまま力任せに引っぱるもんだからジャージはずるずるうっと脱げてしまった。
「どうだ!」
 男の力ってもんを思い知ったか! デジカメを取ろうとポケットをまさぐる。レモンがすかさず手を伸ばしてくる。デジカメを取り返そうとしているんだな。レモンはしかしデジカメではなく下がったジャージを上げようとする。このっ、デジカメがうまく取れないじゃないか!
「このっ」
 僕はいつの間にかジャージごと奪ってしまえっとジャージを引っぱった。当然僕の力の方が勝っているんだ。簡単にジャージを脱がしてやった。いや足首に裾が引っかかって完全にではないけど、でもポケットをまさぐるには充分だ。
「イヤーーーー!!」
 顔を真っ赤にしたレモンが足をばたばたとさせた。ジャージが裏返ってうまくデジカメが取れない。
 デジカメがーーー!
 バードがレモンの両手の自由を奪うかたわら、どさくさに紛れてレモンの胸のあたりに手を持っていってもみもみとまさぐる。
「うおー」
 バードが暴れるレモンを無視しておっぱいを揉みしだく。
「よし」
 僕はやっとの思いでデジカメを取り出す。
 レモンの足がドロップキックするように僕の腹を蹴った。
「げっふ」
 僕は反射的に暴れる足を取り押さえようと足首を掴んだ。
 目の前には泣きべそをかいたレモン。
「やべー」
 バカ丸出しにおっぱいを揉んでいるバード。
 淡いイエローの肌触りの良さそうな子供っぽい五角形のパンツ。
 右足首を掴んでいるせいで少し足を開いていた。
 デルタゾーンに目が釘付けになって、初めて女子の股間の構造が男子とはこんなに違うのかと思った。
 おちんちんがある、ないという次元の知識しかない僕にとって、下着越しとはいえ初めてその股間になにもついてない、つるんとした形を目の当たりにして、デジカメのことなんかどうでもよくなるくらい衝撃だった。
 ガララ
 勢いよく扉が開いた。
 級友で、女子バレー部のキャプテン、ザクロが立っている。そうかレモンは確かバレー部か…? 後ろに続く部員たちもいる。
「なんだよコレ?」
 ザクロがぽつりと僕に問う。
「いやコレには深いワケが…」
 しかし、そこには暴れても男子の力に敵わない女子が哀れに泣き伏せている姿があった。
 子供っぽいパンツ丸出しで。
 うーん、この背徳感。
「戻りが遅いから後輩に呼びに行かせたんだ。そしたら大変なことになってるって聞いたから」
 たんたんとザクロが喋る。目つきが怖い。
 後ろの後輩たちが怯えて僕とバードを見ていた。
「先生は呼ぶなよ」
 ザクロがチームメイト、後輩たちに指示していた。
「ワケってのは一応聞いてやるけど死刑は確定だぞ?」
「え、あの…」
「お、お、お、俺たちが被害者だぞ!」
 レモンのおっぱいを揉みながら、バードは言うに事欠いて…。血迷ったか。
「被害者…? いいから離れろよ。被害者がチンポコおっ勃ててんじゃねーぞ!!」
 長身のザクロの怒号が僕らの心臓を射抜いた。
 金縛りにあったように動けなくなる。
 ザクロが指摘したように、僕とバードのおちんちんはギンギンに勃起していた。
 いつの間にか、傍目にもそれとわかるぐらいズボンを突き上げて男子を主張していたのだ。
 こ、これは確かに死刑確定か。
 僕は静かに足首を離した。

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