ルールが制定されてその翌日。
つまり僕がリンゴたちに襲われた次の日だ。朝にはグループチャットでルールの詳細が交付された。
ルールをもう一度読みなおしておこうっと。
女子の戦死条件がただ“パンツを見られる”だけに対して、男子の戦死条件が”パンツを脱がされる”というのは事前に聞いた通りであった。
新しい情報としては戦死の際にデジカメや写メで戦死している姿を記録するってことが義務付けられていること。これをグループチャットにアップして誰と誰が戦死しているのかを把握する。要は相手を屈服させた証拠として残す必要があるということだ。
ということは女子のスカートをめくった瞬間にシャッターを切らなければならないってことか…。けっこう難しそうだな。
男子の場合は昨日の僕のように手足を押さえつけられてズボンとパンツを脱がしておちんちんを写真に撮られるわけだ。
ふむ。
基本方針の通り男子が単独行動をとらなければ大丈夫そうだな。そんな手間のかかる作業を機動力のある男子たちが見過ごすはずないし。 基本は二人一組、スカートをめくる役・写真を撮る役に分担し、手足を押さえつけられてももう一方がすぐに助けに行けるだろう。
僕は今日から単独行動を絶対にとらないようにしなければと強く思った。
捕虜だけどね。
ちなみに誤って女子のパンツを脱がしてしまった場合、逆に男子の方が戦死ということになる。女子の裸は男子の裸なんかとは価値が違うんだからねという理論に基いているらしい。
僕ら男子からしたらトンデモ理論なのだが女子はその一線をどうしても守りたいようだ。確かにそうでもしなければ冷静になった多くの女子連中は戦争に協力しないだろう。「戦争なんてバカバカしい」となる。貞操を失ってまでやることじゃないと。
戦死になった場合、戦争への参加は不可となり静観だけが許されるとある。戦死者がもしバトルに加担するようなことがあれば、その時点で自軍の敗北となる。
これはまあ戦死したのにズルはするなよということだ。
連絡を取り合えないようにグループチャットからも外される。
そして僕の気になる捕虜の定義だが、捕虜は人質と同義だ。
女子軍に男子捕虜がいる場合、男子軍がむやみに女子軍を攻撃すれば報復で捕虜は処刑される。つまり今は僕とバードが女子軍に捕まった状態だから、男子軍が女子軍に何か仕掛けたらそれだけで僕とバードを処刑しても構わないということになる。
マジか。
戦ってもないうちから戦死するなんて嫌だな。
男子軍は一回目の攻撃でなんとしても女子軍から二人を捕虜にしてイーブンの状態を作らなければならないわけだ。それも相手のリーダー、ピーチに伝わる前に手早く済ませる必要がある。
そうなればめでたく捕虜同士を交換して僕は助かることができる。
失敗すれば公開処刑の動画をアップされるんだろうね。
まったくどっかで聞いたような嫌な大人の世界の縮図だよ。
捕虜になる条件としては相手を戦死直前に追い込むことだ。戦死させられる前に「捕虜にしてください」と相手に頼むか、相手から「お前は捕虜だ」と宣言する。
いたいけな女子を囲んでスカートをめくられるか捕虜になるかを選べと言うわけだ。戦死は免れることができるが自軍には不利ということになる。これは忠誠度が試されるのではないか。
僕だったら迷わず捕虜を選ぶな。もう捕虜だけど。
そして誰と誰が捕虜なのかを管理する役として捕虜管理官なる役職が作られた。
捕虜を人質交換なしに解放するにはこの捕虜管理官を攻撃することだ。つまり捕虜管理官が収容所そのものであり、戦争のキーマンだ。
捕虜管理官を戦死させればその時点で逃げ出すことが可能で、捕虜は全員解放という運びにになる。
なぜ捕虜管理官なんて作られたかというと、戦死者もそうだが捕虜は基本的に自由に動き回れる。普通に学校生活を送れるのだ。それもそうだ。捕虜になったからといって本当にどこかに監禁するわけにもいかないし、戦死したから一歩も動いちゃだめとはならない。
先生や親の目があるのだから表面上は平和でなければならないのだ。
最初の管理官は男子軍からはファルコン、女子軍はメロンが選ばれた。
それから捕虜は呼び出されたら、いつでも相手軍の元へ飛んでいかなければならないというのはルール制定前と同じだ。
人質でもあり奴隷でもあるらしい。捕虜がその場で戦死させられることはないがジュースを買いに行かされたりパンツ一枚で正座させられるくらいは覚悟しておかなければならないな。
それと暴力について。
ズボンやスカートを脱がしあい、パンツを見る・脱がす行為には取っ組み合いになることが予想される。それで基本的には痕が残るような暴力は絶対に禁止だ。顔へのグーパンチやビンタはダメで、病院送りになるような”酷い”攻撃なんか特にダメだね。そんなの男子が圧勝だからね。
柔道技、関節技などが主体になるだろう。
だけど結局は大人にバレなければ何でもありという暗黙の了解はある。交付されたルールにはそんなことは書いてないが各自の良識に任せるという感じだろう。
服の下の隠れた部位に対する攻撃、正当防衛での攻撃、威嚇など戦術として必要なときは使うってことだ。
ルールとして厳然と決まっていることでも信号を守ってる大人なんて見たことないから、きっと大人の世界でもルールを守らなくてもバレなきゃいいって常識なんだよ。
そして最後に敗北した軍がどうなるか。
相手の占領下に置かれ、学校を卒業するまで奴隷だそうだ。
「奴隷…」
僕がスマホでルールの中身を確認しながら教室に入ると、中は殺伐とした空気になっていた。男子と女子がまったく口を利かない状態はいつも通りだが、今日はあからさまに目を合わせないし距離を置いている。
一見平和だが、ホームルームが始まる前で既に両軍が睨み合っている状況と言い換えてもいいだろう。
ちらりとリンゴグループの集まりに目がいった。イチゴとまったく目が合わない。昨日もそうだけど、女子連中はまったく僕らをバカにしている。ほぼ全員が示し合わせたようにスカートなのだ。ズボンなのはザクロと大人しいマスカットさんだけだ。
キーン…コーン…カーン…コーン…
予鈴が鳴って、
戦争が始まった。
静かな立ち上がり。
みんなの表情に緊張が走る。
僕は自然と男子の固まる方へ歩いて行った。
「おはよう」
「おう、いよいよだな。俺らの強さを見せつけるときが来たぜ」
「を…、おう…」
これはプライドをかけた戦いである。イーグルの自信に満ちた表情が頼もしかった。
昨日、散々な目にあった僕はみんなの目を見られない。
「ごめんなさい昨日こっぴどくやられました」と言おうかどうか迷う。恥ずかしさから言えないでいるとやがてホームルームが始まってしまった。
せっかくファルコンの言うようにスパイして女子軍の情報もいくつか握っているというのに、それを言えば芋づる式にすべて白状することになるからな。
まあ、こんな情報なくてもイーグルとドラゴンがいれば勝てるから問題ないし。
今は5月、進級前の冬に始まったこの戦いも泥沼化を避けてルールが決まり早期の終結が望まれた。どちらの軍もプライドを掛けて挑むことになる。
初めのうちは口喧嘩が主体だったな。
いくつかの鉢植えを割るような犯人の特定できない陰湿な攻撃もあった。
昔とった杵柄とばかりに僕はたまにスカートめくりの素振りを見せたこともある。威嚇のつもりだよ。本当にはやらない。バードはバカだから本当に女子の胸をタッチしにいったっけ。
報復で凶暴な女子は金玉潰し攻撃を仕掛けてきた。実際の被害者はバードぐらいなものだけど。
そしていつしか解剖が流行りだした。みんなの居る場所でしか勃発しなかったから、すぐに仲間の助けが入って誰も全裸に剥かれることはなかったけど。
決定的な軋轢は「リンゴレイプ未遂事件」だ。戦火にあっても好きだ嫌いだのお盛んな連中は居るからな。僕はそいつに頼まれて犯人役を買って出たけど、おかげで裏クラス裁判で「はりつけの刑」にされた。
振り返ってみると口喧嘩も含めて女子からの攻撃が多かったと思う。ピーチ財閥の権力もあるから男子の方から大きな攻撃はなかったんだ。
そして「リンゴレイプ未遂事件」で女子たちは男子をマジで敵視するようになった。
僕ら男子が負けるわけがないけど、このままプライドがぶつかり合ったらどうなるだろう。
考えたくはないが奴隷になったら何をされるだろうか…。
開戦前から既に戦死寸前に追い込まれている僕は、ビ…ビビってなんか…いるわけがない…。
あのとき、イチゴにおちんちんを見られてしまっただろうか? 後ろからはリンゴたちに生尻を見られたのは確実だろう。
あの時点で戦死と言えなくもないがルール制定直前なのだし、パンツが脱がされきってないのだからセーフだろう。
一瞬のトラブルとはいえ同じクラスの女子の前でおちんちんを丸出しにさせられるなんて悔しい。絶対に仕返ししてやる。僕はルール制定前にレモンを戦死に追い込んだんだ。自信はある。
イーグルたちが解放してくれるのを待って一気に相手に攻め入ろう。
男子軍はまず相手の様子を見ることする。相手がどう出てくるのかをうかがう。開戦の時点で既に僕とバードが捕虜になっているんだ。いきなり奇襲はかけられない。水面下での作戦は一応動いているけど。
でもそれはイーグル一派の方針だ。
一方、僕らのことなんて気にしないツバメとハヤブサのコンビは戦争に積極的だった。
彼らは戦争の初期の頃から口汚く女子を罵ることで有名だ。女子のことは基本「まな板〜」と呼び、おっぱいの大きな娘に対しては「乳牛」と呼び慣わす。
スリムに見える娘にでも体重が増減に関係なく「チャーシュー食いてー」「デブったんじゃね!?」と連呼したり、意味もなく「赤飯炊こうか」などとわざわざ女子の近くで騒いだりする奴らだ。
2組の派閥の中では2番めの勢力である。二人ともサッカー部でガタイもいい。彼らの周りには比較的スポーツも勉強もがんばるような平均的な男子が慕っている。それにサッカー部というバックもあるから、それらを合わせると実は最大の勢力と言える。
そうそう、このルールも付け加えて置かなければね。
この戦争は2組にだけ適用されたルールではあるが、援軍の参加は許可されていた。その場合、戦死の証拠である写真の公開範囲が広がるわけだ。援軍は敵軍の恥ずかしい写真を見ることができるが、同時に自分も恥ずかしい写真を撮られる対象にもなる。
参加の制限は同じ学校の生徒に限られるとのことだ。
最高学年は僕らしかいない。自分たちより上の年齢の人が参加したらさすがに規模がでかくなりすぎて問題になりそうだしね。
で、このツバメとハヤブサ、憎まれ口を叩いてる割に人脈もあるし人望もある。先生たちからも模範的な生徒だって思われてる。実は一部の女子からは人気だってあるんだ。顔もジャニーズ系だって言われてるし。
サッカー部の後輩たちが参加する可能性があるってことを、頭の弱い女子たちは考えもしないでこのルールを飲んだんだろうな。
彼らはお笑いコンビみたいに下ネタも言うし毒も吐くけど息のあった笑いに変えて、本当に楽しい奴ら。いわゆる”悪い奴”ではない奴らだ。
戦争もおもしろがって積極的に下敷きうちわでスカートを扇いだり、大人しい娘を泣かすまでちょっかい出したり。
運動神経もいい、成績だって上位なこのカリスマ二人が、まさかの最初のターゲットに選ばれるなんて男子の誰も予想すらできなかった。
それは悪夢のプール開きin課外授業での惨劇だった。