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【プレビュー版】初恋のあの娘の前で

 それは初恋の女子だった。


「きゃっ」

 理科室へ移動中の出来事だ。

 セーラー服のスカートがふわりと捲れ上がるのを見た。


 俺は目を見張った。突然 強い風が吹いて、思わぬところで夢にまで見た憧れの女子、綴美里(つづり みさと)の下着を拝むことができたのだ。

 次の授業は理科の実験があるので、渡り廊下を渡って理科室のある別の校舎へと行かなければならないのだ。大抵の生徒はグループをつくって集団で移動する。だが俺は友だちがほとんどゼロなので一人でいることが多い。その日も一人でトボトボと歩いていて、偶然にも美里のグループの後ろに付いていた。偶然であって狙っていたわけじゃない。でも見てしまったのだ。美里の飾り気のない白いのパンツを。


 時間が止まった。

 生々しい肌色と意外にも地味な白。

 初めて見る俺の知らない世界。


 風が通り過ぎてしまうとそれに合わせてスカートはゆっくりと下着を覆い隠していった。それでも捲り上がって下がってくるまで一瞬の出来事だ。美里は焦りながらスカートを手で抑えていたので、前のほうは早くに覆い隠されていた。だが俺は主にお尻や太ももというエロティックなヒップライン、それからスカートの中に入れられたシャツの裾という普段は見ることのないレアな部分をじっくり堪能できたわけだ。

 美しい。

 無駄な贅肉のない若々しい太ももはボーイッシュでスタイリッシュだ。無地の逆三角形をしたシンプルなパンツは色気も何もない。実にC学生らしい真面目で健康的な下着だ。まだまだ成長過程にある小さめのお尻は、それでも丸みを帯びて俺の劣情を刺激するには充分過ぎる破壊力がある。童貞で浮いた話の一つもない身分からすればこんな天からのプレゼントはないだろう。目に焼き付いた美里の下着姿の映像があれば、しばらくは夜のオカズに困ることもない。俺はつい口元が緩んでしまった。

「!?」

 背後に俺が居ることに気づいた美里は手薄だったスカートの後ろをもの凄い勢いで下ろす。ゆっくりと自由落下していたスカートはすっかり元通りだ。その瞬間、日常が戻ってきた。


 俺は嬉しい反面、どぎまぎしてしてしまった。美里は一緒に居た数人の友だちと共に俺のことを睨んでいる。小声でヒソヒソと何やら話しているようだ。なんだか気まずいな。俺と美里の立ち位置からしてスカートの中を見られたということは向こうも気づいている……。俺が見ていないと言い切るにはちょっと難しい距離だし、俺も切り抜けられるだけの良い言い訳を思いつかない。見てなかったとシラを切り通すしかないよな。

 それに初めて見た『女子の下着』に露程も思考能力が働かないのだ。情けない。

 俺は厄介なことになるのは嫌だと思って彼女たちを無視して急ぎ足で渡り廊下を通る。平然としているつもりだったが顔が熱い。頭から蒸気が噴出するのを感じた。

「………」

「っっ……」

 俺は一瞬だけ美里と目が合った。俺からいそいそと目を逸らし横を通り過ぎる。知らん知らん。男だったら堂々としていればいい。

 女子たちは俺のことを睨んでいるようだった。できるだけ素知らぬ顔をして何事もなかった“てい”を装う。ヤンキーが見せるような何食わぬ顔でスカしながら、なるべく堂々と歩いた。ドギマギしていることなんて1ミリだってバレたら終わりだぞ。


「見たよね… ヒソ」

「ぜったい 今の… ヒソ」


 小声だが女子たちは既成事実を確認し合っている様子だ。俺の耳にも聞こえるか聞こえないかギリギリの音量。俺に聞かせているのか…?

 美里は他の女子たちと違ってスカートの裾を上げて短めにしている。膝上5センチと攻めたスカート丈は他の追随を許さない。クラスでも一人だけだ。だから他の女子のスカートは捲れ上がってもパンツまでは見えなかったわけだが…。


 これは膝上の短いスカートを穿くのは一般的に『不良少女』と呼ばれた時代の物語。

 ヤンキー男の彼女は大抵スカートが短いというのは定番だ。(C学生の内は校則が厳しいからな。美里も御多分に漏れずヤンキーの彼氏がいるようだし、俺はその彼氏くんのことも実はよく知っている…)

 それにスカートの下はブルマってのが普通の女子の“ど定番”だったが、美里はそんな奴らより大人だ。今しがた見た通りブルマなんて穿いてない。だいたい高校生くらいからスカートが短くなるものだし、下にブルマを穿かなくなるものなのだ。だから彼女は大人っぽくて美人で垢抜けていて、他の女とは違うって感じがして俺は惹かれていたんだ。


 美里は他の女と違って凛としていて美しい。

 それでいて気が強い。

 小学校の頃、彼女は転校してきていきなりクラスの人気者になるくらいスター性を持っていた。頭もいいしハキハキと喋って活発だし、おまけに整った顔だからな。その頃は親の離婚騒動もなかったし、当時の親は市議を務めるという“箔”まであったし…(金持ちなのだ)。

 美里はすぐに学級委員を推薦されるくらいクラスの中心になった。クラスの端っこにいた俺とは大違い。学芸会でも満場一致で主役を務めてたっけ。

 俺のことなんて目に入ってないだろうなと思っていた。

「今のやられる演技良かったよ。本番もがんばろ、進二」

 だが美里は主人公の少女に殺されるだけの“ザコ盗賊役D”なんかをやる俺にも優しく声をかけてくれた。しかも下の名前で呼んで。思えばその頃から心奪われていたんだ。



「見たでしょ?」

 美里と同じ仲良しグループで早希というこれまた気の強い女子が、強い調子で俺に問いかけてきた。

「は? 何?」


「だから、あんた。美里の… パンツ見たでしょ、さっき?」

 スポーティなベリーショートの早希。キッと目が釣り上がって俺を睨む。

「……。…いや何のこと?」

「今、間があったじゃん。お前、絶対 見たな」

「何言ってるんだ? 見てないよ…、そんなもん…」

「しらばっくれるわけ?」


 放課後のことだった。美里のパンツを見てから2時間後。帰宅部である俺は早々と帰る用意をしていた。早希が話しかけて、すぐ後に仲間の南と千代という二人の女子が俺の席を囲むように近付いてくる。圧力(プレッシャー)をかけてきているようだ。

「ちょっと演劇部の部室まで来てくれる?」

「何で俺が? 嫌だね」

「人のパンツ見といて何その態度」

「っっ!」

 こんなにダイレクトに聞いてくるとは思わなかった。俺はたじろぐ。早希は机に手を乗せた。机を叩くような真似はしないが警察の取り調べっぽいイメージで威圧的だ。腕組みする怖い顔の南と蔑んだ目で見る千代。逃がさないよという意思が見て取れる。

「ぉ、俺帰るから」

 俺はイソイソとカバンを抱いて席を立った。

「用事あるんだけど?」


 こいつは美里の親友である。乙女座の志乃多 早希(しのだ さき)。


 女っぽさの欠片もない雑い性格(キャラ)をしてる。決して美人ではないが乳は大きいほうだな…。しかし筋肉質で日に焼けた肌はかなりの健康優良児だ。背中から見たら完全に男だぜ。

 しかし友人が辱めを受けたことで、こんなに怒れる仲間思いの一面がある。これが女特有の仲間意識なんだろう。こういう徒党を組んで集団で悪者を排除する感じ… 嫌いだな。

「知らねえよ」

 俺の見た目って目つきが悪くていつも一匹狼だから(友だち少ない)、余計に悪者に映るだろう。その上、声も低いし身長もまあまあ高い。クラスの不良と物怖じしないで話せるくらいにはクールで落ち着いている性格だと自覚もしている。

 こんなだから話しかけてくる女子なんてまずいない。話しかけられてもこうやってぶっきら棒に返すしかできないわけだ。


「あんたさ。前から思ってたんだけど。人として冷たい」

「…はァ?」

 “冷たい”だって? 俺が?


 カチンときて歩みを止めてしまった。

 普段はクールではあっても情熱くらい俺だって持ってるさ。

「他人(ヒト)のパンツ見といて謝りもしないなんて最低じゃない? フツー謝るだろ」

「な… いや待てよっ。あんなの事故…… ィャ…… 見てないって言ってるだろっ」

「今 認めたな?」

 早希はアゴを上げてしてやったり顔だ。腕組みして優位に立った気でいる。不愉快な女だ。

 早希たちは目配せし合って、俺を『黒』だと断定したようだ。


「知らねえって!」

 俺はカッとなって踵を返した。女子という男より劣った生物なんかに誘導尋問されて、パンツを見たことを暗に認めてしまったのは失態だった。赤くした顔を見られたくなかったので早希を無視して俺は教室を出ていった。

 後ろで、「待てよ!」と聞こえてくるが知ったことじゃない。

「くそうっ…」

 女なんかに…。


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