ついに日が落ちてしまった。
「まずいよ…」
優は女子の姿を探して校舎の中を歩き回っていた。もしかしたら建物の中にはもういないのかも知れない。全員が女子寮に避難してしまったとも考えられる。他の男の姿は見かけるのに、女子が見当たらないということはその可能性は高かった。
「その場合は無効にならないのかな…」
女子寮は男子禁制である。踏み込んだ瞬間に失格だ。女子と出逢えないのならそもそもプログラムとしては欠陥品だから、無効試合になるのではないか。他の男もまだウロウロしているところを見ると優と同じ境遇… 出逢えないのだ。であれば助かる。
昼間のように無理やり襲うようなマネをする男がいるから女子たちは引っ込んでしまったと考えられた。あの一件で警戒されてしまったのだ。
「だったら……」
どこに行けばいいというのだろう?
暗くなってきた廊下の隅に腰を下ろして壁にもたれかかる。どうやってライバルを出し抜けばいいのか検討もつかない。
「ねえ、君」
「!?」
凛とした可愛らしい声が背後から聞こえた。女子だろうか! 優はこんな僕に声をかけてくれるなんてと、光速で振り返った。
「君も見つからないのかい?」
「え? ぁ?」
声とは裏腹に見える姿は男のものだった。線は細くて華奢な印象の男だ。
「あ、はじめまして。僕は正樹と言います」
「は はじめまして……」
優は向き直って頭を下げた。そしてギョッとする。折りたたみのナイフを右手に持っているのだ。
「君も切羽詰まってるんじゃない? 女の子見つからないよね」
「え、ええ…」
人見知りの優は言葉少なに答えた。
「ぁ僕は怪しい者じゃないからね。これは御守りみたいなものさ」
正樹は軽く両手を上げて怪しくないとアピールをした。だが折りたたみのナイフは持ったままだ。
「時間がない。単刀直入に言うね。声をかけたのは協力しない? という提案だよ」
「え、協力ですか?」
優は正樹の柔らかい物腰に半ば安心して、立ち上がって歩み寄った。
「そう。協力プレイだ。女の子を一人ずつ確保して二人で押さえつけて、無理やり童貞を卒業してしまおうという案ね」
「はぁ…」
ルールでは男女のカップルが成立(性交)した時点でプログラムから離脱できる。どちらが先に性交するにせよ、事後は協力してくれる可能性が低くなるのは確かだ。そして一人の女子に対して二人の男子が挿入するのはNGとなる。つまり最低でも二人の女子が必要となる。二回は単独の女子に襲いかかる必要があるのだ。
「もちろん君が先にやっていいよ。その後は僕のときも協力して欲しい」
「はぁ」
正樹という男は自分の信用を得るために順番を譲ろうというのだ。もし… 守らなかったら……? あの折りたたみナイフはそういう意味合いもあるのか…? 自分の身を守る、女子を脅すため以外にもそういう使い道があるのだろう。
「わかりました。協力します」
即断即決。
何もできずへたり込んでいた優にとってみれば渡りに船である。何もしないままでいるよりは何十倍もいい。
「でも… 女子がどこにも歩いてないんですよ…。女子寮に避難してるのかも知れません」
「ああ、それは大丈夫だよ。ルールブックは確認したかい? 夜の10時から12時の間は“夜這い”が可能なんだ」
「よ、夜這い…?」
優は一瞬にしていろいろなことを想像して赤くなった。童貞には刺激が強い。
「つまり女子寮に堂々と入れるんだ」
正樹も少し興奮してきたのか息を弾ませていた。
「よし、作戦を立てよう」
二人は“夜這いタイム”にすべてをかけることにした。
*
正樹と優は女子寮の潜入に成功した。正面玄関の鍵は閉まっているので1階の窓を金属バットで叩き割ったのだ。こんなことをしても侵入を咎められることはない。
「見つけたよ」
「あ、ああはい…」
正樹は折りたたみのナイフを、優は金属バットを持って先に進む。2階へ上がって目当ての寝室を発見する。女子寮の小部屋は二人部屋が基本である。おあつらえ向きに部屋割り表が食堂の掲示板に張り出されているので、ちゃんと確認もしている。
狙うのは奇数で溢れた千笑という少女の部屋。
昼間、太った童貞に襲われていたあの娘だ。
「いいかい? 武器で脅せばいいんだ。実際に傷つけるわけじゃない」
「はいい」
小声で話しながらドアの施錠を確認した。難なく開いてしまった。こんなに簡単に侵入できるなんてラッキーだ。
「針金も探してきたのに、いらなかったですね」
「……いや、鍵をかけてないなんて不用心だ。罠かも…」
しかしこちらには凶器がある。気は大きくなっていた。
中に入ると真っ暗で人気はなかった。静まり返っている。2つあるベッドの片一方はこんもりと人型に膨れていた。黒い髪の毛も見える。しっかり寝入っているようだ。
優は先に夜這いする権利をもらっているので、ここで童貞を捨てることになるんだと改めて緊張してきてしまった。
「はぁはぁ」
ベッドの脇で正樹が合図を送ってくる。布団を剥ぐから襲いかかれという指示だ。優は寝ぼけた少女のパジャマをひん剥くイメージを持っていた。抵抗したって横で正樹が取り押さえるのを手伝ってくれる。
行くしかない。
(3、2、1)
「それっ」
正樹が指でカウントダウンをして、ゼロで一気に布団を剥いだ。
「ゥワ―!」
「きゃー!!」
「!?」
暗闇の中で悲鳴が交錯した。
同時にプシューッと何かを吹き付けられる正樹。少女が飛び起きると同時にスプレーを発射したのだ。
「あぎゃっ!?」
「ァ!?」
そのスプレーは向きを変えて優にも吹き付けられる。ベッドに飛び乗って少女に馬乗りになろうとしていた優は直前で怯んでしまう。
「このっ」
正樹は折りたたみナイフを振り回していた。その切っ先は少女の腕を切りつける。
「あっいたっ…」
やっと噴射が終わって、優は尻もちをついた。
何が起こったんだ? 優は目を開けようと思ったが開けているのにうまく前が見えない。暗闇の中に何かが蠢く。
何かが飛んできた。
少女の裸足が顔面にヒットしていた。
「ぶっ!?」
足の裏が優の鼻を潰していた。少女の前蹴りが炸裂したのだ。優はベッドの下に転がり落ちる。
金属バットを構えようと思ったがいつの間にか手放していてどこにあるのかも解らない。探している暇はなかった。ベッドから飛び降りてきた少女の足が股を開いていた優の股間を狙いすまして落ちてきたのだ。
ズドンッとおちんちんの上に降ってくる。
「ひっ」
フローリングの床に少女の裸足が突き刺さる。
おちんちんからわずか1センチ離れていた。明らかに金玉潰しを狙っている。逃れようとして、優は仰け反って後ずさった。その間にも少女の足は第二撃を放つ。素早い膝蹴りで顔面に膝小僧が突き刺さった。
「ぎゃっ」
暗闇の中でも目を慣らしていたためか少女には優の動きがよく見えるのだ。
ごろんっと転がる優。
股を開いていたところにさらに追撃をかけてくる少女。
「それっ」
バチンッ
股間を狙ったつま先が強くヒットした。
「いぎい!?」
痛い!
だが耐えられる。当たったのは金玉に近い位置の内ももだった。わずかに軌道が逸れたのだ。瞬時に股を閉じて防御の姿勢をつくった。
その時点でパチッと部屋の明かりが点く。
「!?」
部屋に何人かの人間が入ってきたようだ。明るくなっても優と正樹の目はスプレーによって見えにくくなってしまっている。
「やだぁ、まじで夜這いに来たんだ?」
「大丈夫? 千笑さん」
「ヤローは二人か」
この声は、プログラムがスタートした直後に出会った女子三人組の声。優は慌てふためいてしまう。
「…大丈夫です。催眠ガス入りのスプレーだから、もう意識が朦朧としてると思う」
千笑は腕を抑えながら三人組に返した。
罠だと半ば知りつつも凶器があれば女なんて屈するだろうという安易な考えがあったのは確かだ。優は髪の毛をぐいと掴まれて立たされる。
「あれ? お前、昼間のやつじゃん」赤いジャージ着用のショートカットの女子が軽く頬を叩いてきた。「あんたのちんこじゃ挿入は難しいよって教えてやったじゃん。何しに来たわけ?」
ぺちぺちと頬を叩かれて鬱陶しいが、それより髪の毛を吊り上げてくるのでそちらのほうが痛い。
「や、やめてくだ… やめろっ!」
敬語なんて必要ない。優は乱暴な言葉を初めて使ってしまう。
「ぅぅ」
正樹がクラクラとバランスを崩してへたり込んでしまった。
「奥のやつは知らないねー」金髪の黒スラックスを着たギャル風の女が笑った。ポケットに手を突っ込んだまま、棒付きの飴を舐めているようだ。
「あなたたち、そんな武器なんか持ち出してきて…」背の高い女が憐れんだ目で優と正樹を見下ろしていた。「攻撃してくるのなら返り討ちに遭うことももちろん覚悟してきてるんでしょ?」
「刃物を向けてきたんだから向けられることも当然覚悟してるよねー」
「二度と女の子を襲えないように潰しちゃいましょうか?」
優が始めに声をかけた背の高い女だ。不気味に近寄ってきた。
「ふんっ」
「ぎゃっ!?」
ソフトボール投げの要領で下から掬うように手のひらが優の股間を掴んでいた。ギュッと金玉を包み込んで力を入れてきた。
髪の毛の痛みにばかり注意が向いていた優だが、上と下で痛みが分散する。だが金玉への痛みは髪の毛を引っ張られる痛みの比ではない。優は女の手首を両手で掴んで引き剥がそうと試みた。だが、優が力を入れると同じように女も力を入れてきた。
「いぎゃああい!!」
ぶばっっと鼻水を吹き出して涙が溢れてきた。
「ねえねえ、他の男どもにさ、見せしめで潰してやっちゃえば?」
金髪の女がこともなげに言う。
「そっちのやつは寝てる間にちんぽこ切り取ってやる? 真緒さん」
冗談のように笑って赤いジャージの女子が正樹に近づき、折りたたみナイフを拾った。正樹は完全に催眠ガスで船を漕いでいる。
「それもいいかもね」
真緒と呼ばれた背の高い女が一層力を入れる。
ぐちゅりっ
「あがーーー!!」
身を捩って痛みを受け入れる。内股になって腰を引く。だが、髪の毛を引っ張られてかがむこともできない。
「大げさねぇ…。こんな程度じゃ潰れないでしょ?」真緒は鼻で笑って金玉からパッと手を離した。「安心しなさいよ。私たちに猟奇趣味なんてないわ。でも二度と女性に歯向かうようなマネはできなくしてあげるけど♡」
優はクラクラする頭のせいで打開する方法が一つも思い浮かばない。痛みを堪えるだけで精一杯だった。
DTR第一夜(3)
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