「シャツ脱がないとおっぱい飲めないだろ」
マーくんが口を尖らせて怒っていました。
私は言う通りにしないと、また一人ぼっちになるような気がして怖かったです。だからゆっくりとシャツをたくし上げていきました。白くてぷにぷにのお腹が見えて恥ずかしい。おヘソが見られちゃっています。
恥ずかしいけど繋がりを失いたくないと思いました。
外ではついに雨が降り出してきたのでした。
私には他に遊んでくれる友だちがいません。
寂しいです。でも仕方がありません。私は都会から引っ越してきたばかりで、みんなは私のことを都会から来たと怖がっているようです。まだここに来て一週間くらいなので、徐々にでいいから以前のように仲の良い友だちが3・4人くらいできればいいなと思ってました。
でもなかなか声をかけられませんでした。クラスで私は浮いています。
自分から声をかけるのはとても怖いです。嫌がられたらどうしようと、つい弱気になってしまいました。
暗そうな雰囲気を出してる自分が悪いのですが、こんな私では声をかけづらいのも事実です。避けられているような気がして、凄く怖くて、どうしても吃ってしまいます。
田舎と言っても山と川ばかりというわけじゃないし、閉鎖的というわけでもないのです。むしろゴミゴミしていない分、暮らしやすいところです。
みんな明るいし、優しくて良い人たちばかり。私も早く溶け込みたいと思います。
マーくんは物怖じしない柴犬のような男の子でした。クラスでは学級委員長を務めていて責任感がとても強くて格好いいです。私は誰からも声をかけられない只中で、マーくんは心配して優しくしてくれました。
登校のときに呼びに来てくれる1つ年上のお兄さんです。というのも全校生徒を集めても20人くらいなので、1年生から6年生まで同じ教室なのです。いつも一緒に勉強を教えてくれます。
「…ちょっと可愛いからってヒソヒソ………」
周りの女の子たちの目が怖かったけど、私はマーくんの優しさに甘えていました。
そんなある日、マーくんが私の家に回覧板を持ってやってきたのです。
「なつほ、暇してねーか? 遊んでやるぞ」
引っ越ししてきてから2回目の日曜日です。
「うん、嬉しい。やることなかったから」
外は曇り空で今にも雨が降り出しそう。
私はマーくんを部屋に招き入れました。自分の部屋に男の子が入るのは初めてでドキドキしました。マーくんは広い庭があって3階建ての私のお家にいちいち驚いているようですが、そんなに珍しいかなと少し不思議に思いました。以前住んでいたところでは、これくらいは普通だよと話すと彼は目を丸くしていました。
「じゃぁ何して遊ぶよ?」
「二人でできること? うーん…」
「ゲームねぇの? バットとかグローブもねぇ?」
「ま… ままごとは?」
「ハァ?」
マーくんはバカにしているようです。女の子の遊びだと思ったのでしょう。それでも他に遊べるおもちゃなんてありません。男の子の遊びはわかりませんし、いい案が思い付きません。
「できるかよ! そんなもんよォー」
「じゃぁ他に何があるの?」
「ザリガニ釣りとか」
「いやだ」
「自転車で岬のほうまで行ってみるとか」
「自転車持ってないし、雨降りそうだし」
私たちは二人してしばらく考え込んでしまいました。
しばらくすると、お母さんが私の部屋にオレンジジュースとチョコロールケーキを持ってきてくれました。ゆっくりしていってと言ってお母さんは出て行きます。
「キレイなカーチャンだな、若いしよ…」
「んっと…」
私は「ク… クラシック音楽でもかける?」と、マーくんに聞いてみました。
「クラ… シアン? 音楽? いや興味ねえわ」
マーくんは居づらそうな感じでした。私と居ることに飽きてしまったのでしょうか? 顔を赤くしたり目を丸くしたり変な感じです。
「もう、ままごとでもいいや。どうすんだ?」
「ほんと? やってくれるの? えっと… えと私がお母さん役で…」
ふと、マーくんがお父さん役と言うのをためらいました。だって恋人同士みたいだって思ったからです。私はそういうのはまだ早いなって思っていたので、二人だけのままごとは配役に困ってしまうことに気づきました。
「マーくんは、あ… 赤ちゃん役? かな…」
深く考えずにそう告げていました。
「ハァ? 俺が赤ちゃん? って寝てりゃいいのかよ?」
「えっと赤ちゃんみたいに振る舞ってくれれば…」
「赤ん坊って… こうか? ばっぶー」
マーくんは四つん這いになって歩き回ります。
綿のハーフパンツに青いタンクトップ。麻のシャツと白い靴下。細身だけどごつごつした筋肉が見えて硬そうです。髪は短くてよく日焼けした男の子です。とても赤ちゃんには見えませんでした。
「ハイハイ上手でちゅねー、マーくん」
「ばぶ…」
マーくんはふざけていた様子でしたが褒められて照れくさいようです。だから私もマーくんの頭を撫でてあげました。
「ぉあ… ぶば」
マーくんの顔が赤くなってます。
私は少し離れて「おいでっ」と手を広げました。赤ちゃんになったマーくんは戸惑うように目を逸したり唇を震わせたりしています。
「あんよは上手っ ほらっ がんばれ~」
「ぉおぉ…」
よちよちとぎこちなくハイハイのモノマネを披露していました。だから私の差し出す手をマーくんが掴もうとしたのを、私は意地悪して避けます。
「??」
マーくんの頬が真っ赤で本当に赤ちゃんみたい。
私は立ち上がって差し出す手を高くしました。
「ほらここまでっ 立っちしてみて」
「あぶぅ」
マーくんはよろめくマネをして私の手を追いかけました。両足で立とうとしています。
「がんばれっ」
「…ぉお…」
ときどき素に戻ったようにぶっきらぼうな返事をするマーくんです。
「やったすごーい。マーくんが立った。マーくんが立った!」
「……っ」
マーくんは目を一瞬 下にやってズボンの前を見たようです。どうしたんだろう?
「立った立った。がんばったね、えらいよー」
私はマーくんの頭をまた撫でました。擦り擦りと優しく手のひらで撫でるとマーくんはますます赤くなります。可愛いと思いました。