「ナイスですね~ハロゥイーン!」
体育館の中が一瞬にして冷めていくのが解った。想定以上だ。女子たちの生ゴミでも見るような視線が突き刺さって痛かった。
「素っ裸監督でございます!」
「ぅわ…… やば…」
「まさかアレって…。うゎ、さぶ……」
ヒソヒソと隣の子と喋って、壇上にいる僕が変態であることを確認し合っているみたいだ。僕はゾクッとして股間が熱くなるのを感じていた。
「あれっ、ぼくっ。やりすぎちゃったんですかね? いや、やりすぎちゃったのかも知れません」
怯むことはない。今日に向けて練習してきたのだ。
「ユージのやつ、仮装っていうかモノマネだよね。しかも似てないし」
「ダサいブリーフ一丁に大きなカメラって知ってる人あんまりいないよ」
ヒソヒソ……
お化けのコスプレとゾンビメイクの女子が僕を批判している。確かににわか仕込みの“素っ裸監督”の恰好をしている僕は明らかに浮いていた。
少しでも恥を感じれば、それは芸を披露する者として失格だ。振り切って“道化”あるいは“馬鹿”になりきらなければならない。動じない自信はあったのだ。友人たち数名の前で披露したときにはウケていたから。だけどこんなに怪訝な目で見られるとは…。顔見知りでなければ通報されそうな勢いで引いている。お楽しみ会 特別企画「ハロウィンパーティ」という特殊な状況でなければ悲鳴の嵐だったかも知れない。
「みなさんナイスですね。ナイス仮装ですねー。特にドレスのビラビラなんかとてもナイスですねー」
やりきるしかない。素っ裸監督としてキャラを演じきるのだ。
「どんなビラビラなのかちょっと降りてインタビューなどしてみましょう」
だが僕の心はすでに折れていた。
笑ってくれると思ったのに、そもそも元ネタを知らない女子が大半なのだ。この体育館の会場の中には9割が女子を占めている。友達の前で試したときはなんともなかったのに、今は堪らなく恥ずかしい。
仮装で着飾ったオシャレメイクの女子たちに比べて、僕はブリーフとハリボテのカメラとジェルで髪を横分けに固めただけの恰好なのだ。
「うわ… こっち来た…」
先程まで楽しく喋っていた女子グループが後ずさる。ぺたぺたと近寄っていくことが、もうすでに犯罪的だったようだ。でも僕は頼まれたのだからどんなに嫌われようと徹するしかない。
「お化けの奥様っ。このビラビラをちょっと捲ってみてもよいでしょうか。捲ってみてもよいのかも知れません」
「いやだっ。触んないで!」
魔女のコスプレ女子のマジの拒否だ。
「……。あ… ではその隣のネコ娘さん。ビラビラを撮影させて頂いても…」
「っさい!!」
「ぇ」
僕は怯んでしまった。楽しいパーティの雰囲気が台無しになるほどの怒号で僕の進撃は止まった。あり得るだろうか? マジックショーの途中でマジシャンに「触るな」「うるさい」などと暴言を吐くなんて。演者に対して観客の最低限の態度ってもんがあるはずだ。
「向こう行って!」
「あはは…、嫌われてしまったのかも知れません。いや嫌われていないのかも知れません」
おかしい。例年のお楽しみ会ではみんなもっと乗っているのに…。
僕はそのテーブルを離れて別のテーブルへと向かおうと思った。
「引っ込みな!ユージ!」
ヤスエの声だ。
優しい美人のヤスエは厳しい表情で近づいてきた。貞◯のコスプレだったので余計に怖い。
「なんの仮装かもわかんないし、キモいから。もう退場して」
「いや… ちょっと待って。なんで出ていかないといけないんだ…」
演目の途中で出ていけだと? 僕はヤスエにムカついた。陽キャじゃないけど僕はみんなの前でなにかをやって笑ってもらうことが好きなんだ。それなのに僕の晴れ舞台をやめろと言うのか?
「だって、あんた…」
ヤスエの視線が僕の股間に移動した。
僕もヤスエにつられてゆっくりと視線の先を見る。
おちんちんが勃っていた。
ブリーフの上からでもはっきりと解るくらいもっこりとテントを張っているのだ。
なぜだ!
「ぁ… はっ」
手で隠そうか否か、瞬時の判断で隠さないことに決めた。反射的に手を股間に持っていったが止めたのだ。
「いや、ちがうぜ…?」
僕は顔を真っ赤にして言い切った。ヤスエは嫌そうな顔をする。
「何が? 恥ずかしいからもうやめて。もう終わってよ」
まさかこんなに勃っているなんて思いもしなかった。半勃起くらいか。垂直に近いかたちでブリーフを盛り勃てている。びくんっとブリーフの中でおちんちんが跳ねてしまう。
「やだ… もう…」
ヤスエは幽霊メイクでよく見えないが恥ずかしがって顔を赤らめているみたいだ。
「これは、中に詰め物しているだけで…」
「みんな引いてるから、出てって!」
楽しい雰囲気が僕のせいで冷めていた。ヤスエの言葉は女子たちの総意のようだ。
「いや、詰め物! 詰め物! 決まってるだろっ」
僕は弁解するように周りにそう主張する。ブリーフを突っ張らせておいて女子に見せつけているのだ。C学1年生にもなってかなり恥ずかしい。だけど、今、手で隠せばマジ勃起ということが発覚・拡散してしまう。”詰め物”なら素っ裸監督キャラとして成立しているから逃げられると判断したのだ。
だからブリーフ一枚で半勃起して男の子を主張しているのにも関わらず、僕はそれを隠さない。思春期で一番見られたくない状態だけど、詰め物ということで通さないと、僕は真のドヘンタイにされてしまう。
これは詰め物なのだ。
びくっびくんっ
「やだ、なんか動いてる…」
「キモ…」
ヒソヒソ
窮地……。
むんず!
ぶりーん!
ブリーフが一気に引き下げられたようだった。
「ふぇ…!?」
ばい~んと半勃起のみっともない肉棒が上下に激しく揺れ動きながら飛び出す。
同時に体育館中に響き渡る悲鳴の嵐。
堂々と立っていた僕の背後から何者かがブリーフを掴んで下げたらしい。
「だははっ ユージきっも!」
背後にけたたましく響くレイナの声。男勝りの身体能力の高いスポ根女子だ。レイナはさらにブリーフを足元まで下げて、僕の手が追いつく間もなくブリーフを引っ張り取ろうとした。引っ張られてバランスを崩し、僕は倒れそうになる。おっとっととそのまま前のめりになってヤスエに抱きつくかたちになってしまった。
「きゃーー!!!」
ブリーフはレイナのやつに完全に奪い取られてしまった。ばいんっとおちんちんがヤスエのお腹にくっつく。そのまま倒れ込んでヤスエの上にのしかかる恰好になってしまう。
素っ裸監督キャラはただの素っ裸の変態に成り下がった瞬間だった。
ハロウィン特別篇として2・3時間で気楽に書いた作品です。