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夕暮れの逆襲(3)

「やめてっ! なにすんだよぉ! 変態!」
 マウントを取られた希美は暴れて抵抗した。ビリッとブレザーが悲痛な音を立てる。シャツを掴んで引っ張っる。ブチッとボタンが弾け飛んだ。史奈を抱いたときだってこんなにも乱暴はしなかった。希美がいくら格闘技をやっていようと女子が男の力に敵うはずなんてない。拓は支配感に酔った。
「オラッ参ったか! 野球部舐めんな!」
 バコンッ!!
 そのとき、突然拓の頭に衝撃が落ちる。ハンマーで殴られたのかと拓は思った。後頭部に落ちたのは史奈の持っていたスポーツバッグだった。
「ぐっ…」
 拓が怯んだ隙に希美は這い出す。彼は頭を抱え込んで地面に突っ伏した。
「えいっ」
 パンッ
 続いて史奈が蹴りを放った。格闘どころかスポーツもロクに出来ない筈の史奈だ。だから拓はまったく無警戒だった。しかしその史奈の蹴りが今日受けた蹴りの中で最も強烈だった。
「うがぅ!!」
 希美に馬乗りになったときのまま、足を開いた状態で地面に突っ伏していたものだから、ちょうど股間のあたりががら空きだった。そこへ史奈の小さな一撃が入ったのだ。
「…ぅぅ」
 拓は後頭部よりも金玉を蹴り上げられた痛みをカバーすべく、両手で股間を覆った。軽い蹴りだったが致命的な痛みだ。
「史ちゃんナイスッ」
 史奈は大きく頷いた。ピンチを脱した希美はゆっくり服装の乱れを直す。拓は金玉を蹴られて女子たちの前でみっともなく地面に這いつくばっている。恥ずかしい格好だ。こんな屈辱は初めてだ。格好悪くて二度と彼女たちの前では偉そうな顔ができないと思った。どんなに素晴らしいピッチングをしても、彼女たちの中には金玉を抑えて痛がっている情けない拓の姿がついて回るだろう。もしかしたら金玉を蹴ってやったという噂が女子の間で広まるかも知れない。拓はそんな事実に愕然となる。
「じゃ、作戦通りやるよ」
 希美は拓の首根っこを掴んで膝を思い切り突き上げた。ガッと低い音がした。拓の顔面に膝蹴りがきれいに決まった。嘆いている場合ではなかった。
「っあが…」
 ポロリと野球帽が落ちてそのまま拓は仰向けに転がされた。顔面を蹴られたことで両手で顔を覆う。そしてがら空きになった股間に今度は希美の足が素早く入る。
 パンッ!
「うぎっ!」
 拓は激烈な痛みに両手を股間に戻して内股になった。膝を丸めてこれ以上攻撃されないようにガードする。
 希美のスカートがふわりと浮き上がった。拓の顔の前を跨ぐ形で足を開く。白いパンツが見えたのは一瞬だった。素早く希美がマウントポジションを取る。ただそれは胴体に跨るものではなく首に跨るものだった。太ももで首を挟み込む形だ。希美の股間が目と鼻の先にあった。
「う…、くっ」
 拓は先ほど蹴られた衝撃で鼻血が垂れていた。嗜虐的な笑みを浮かべて希美はビンタをお見舞いする。
 ペシッ!
 ペシンッ!
 何度か右、左と拓の頬を張って希美は満足そうにふんっと鼻を鳴らした。続けて三発のビンタが乾いた音を立てて決まった。また希美の腕が振り上げられる。
「いっ… ちくしょぅ」
 拓はビンタの雨を防御しようと両手をばたつかせる。攻撃を阻止しようと躍起だ。その両手首を希美は素早く掴んだ。そしてしっかと握り込んで地面に押し付けた。
「うぅ…」
「へへっ いっちょ上がりっ」
 拓は首と両手首を地面に押さえつけられる格好となった。希美に組み敷かれてしまって拓は全力で藻掻いた。力で跳ね返そうと腕に力を入れる。腹筋を使って希美を跳ね上げる。いずれも希美はバランスを保って拓を押さえつけていた。ロデオのように散々暴れてやるが希美は一向に振り落とされなかった。
「へへんっ無駄無駄」
「ちくしょ…」
 拓は何とか脱出できないか考える。名案など浮かんで来なかった。この体勢では力も上手く入らない。女子と格闘して負けたなんて恥だ。希美がとりわけ強い空手選手というわけでもないのに…。野球部のエース候補が女子に組み敷かれたという屈辱感だけが拓を支配した。これではまるで男が女をレイプするときのようだ。力で女を押さえつけて抵抗できないのを愉しんで、男だけが一方的に快楽を得る罪深い行為。
「うおー!!」
 拓は全力を振り絞って抵抗した。しかし一向に跳ね返せない。ブリッジをしても降り落ちなかった。その光景は女子が大の男を襲っているように見えた。力で男を押さえつけて抵抗できないのを愉しんでいる。余裕たっぷりに希美が嘲笑った。
 このままでは拙い。最悪の事態が脳裏に浮かんだ。

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