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檻 -ガールスカウトの実態- 第1話

檻 -ガールスカウトの実態-

今回の投稿はファンティアで連載中の『檻 -ガールスカウトの実態-』の第1話を無料公開!

第1話

 雲ひとつない青い空が広がっていた。耳を澄ますと穏やかな風の音や川のせせらぎが心地よく聞こえてくる。同時に遠くから少女たちの笑い声も重なって響いてきて、僕は帽子を目深に被った。なんて楽しそうなんだろう。普通の人間だったらこういう状況に心躍るのだろうな。ボーイミーツガール的な夏休みだけの冒険みたいな物語を期待してしまうだろう。

 でも僕は少女たちの喧騒から離れたかった。理由はよく解らないけど、全体的に嫌悪感のようなものは感じていた。それに生粋のインドア派の僕としては夏休みのキャンプなんていうイベントは苦行でしかないのだ。つまりぜんぜん乗り気じゃない。

「はあ……」

 思わずため息が漏れる。

 苛立ちが止められないのだ。せっかくの夏休みにキャンプだって? 友だちが少ない僕にとっては何が楽しいんだかまったく解らない。なんでウチの親は勝手にこんなイベントに申し込んだのだろうか…。どうかしているよ。

 周りはガールスカウトの女子ばっかだし、合同で来てる子ども会の男子の顔ぶれは、僕以外は低学年ばっかだし。本当に楽しくないんだ。僕は自分でも解るくらい最高潮に苛立っていた。

 ミーンミーン

 近くの木でセミが鳴き始める。

 とても暑い…。照りつける夏の太陽が嫌で、僕はずっと落ち着ける日陰を探していた。岩場とか腰掛けられて風が通るような場所だ。ゆっくり漫画本でもゲームでもやろうと思っていた。

 いや…、それは建前で、少女たちだけではなく、一緒に来ているお母さんたちの側もなるべく離れたいというのが本音なんだ。遠くへ行くなとは言われているから、僕はベースキャンプから離れすぎない程度にお母さんたちの居る場所から距離を取りたいんだ…。

「ここなら…」

 木々が目隠しになってベースキャンプから僕の姿は誰にも見えないと思う。座れそうな大きな石もあるし。一人で過ごすには丁度いい。できればずっとこうして隠れていたいな。

「ケンタくん?」

「んぇッ」

 ドキリとした。誰も居ないと思っていたのに木陰から可憐な少女の姿が現れたのだ。僕は情けない素っ頓狂な声が漏れてしまう。

「なんだ、ケンタくんもこっち来たの?」

 振り向くとリンちゃんの無警戒な顔がそこにあった。てくてくと近づいてきている。

 瞬時にシャンプーの良い香りが漂う。やっぱり他の女子とは何か違うな…。

 きれいな艶の黒髪を後ろでシンプルなお下げにしていて、前髪は切り揃えられた、正にお人形さんのような少女だった。同じ学校のクラスメイトで唯一、僕が口を利く女子だ。過酷なキャンプでは唯一の清涼剤とも言える。

「何してるのー?」

「ああ、うん。ここら辺で本でも読もうかなって」

 鮮やかなブルーのチェックのスカートに白いハイソックス。素足に目が行ってしまう。パリッとした白いシャツは腕まくりをされていた。

「そっか。いいなー。日陰になってるし」

「漫画だから読んだら後で貸してあげるよ」

 可愛らしい小さなネクタイに、可愛い色のテンガロンハットみたいな帽子。普段学校では見ない恰好だ。

「ほんとっ? マンピースだ。最新刊?」

「うん。空の島編の続き。買っちゃった」

 ぱぁとリンちゃんの屈託のない純粋な笑顔に触れた気がした。心が癒やされるぞ。

「お手伝いは終わったんだ?」

「んん、まぁ…」

 手伝いというのは子守とか荷物番とか、そういうのだ。急に現実に引き戻された感じ…。

「女子ばっかのキャンプで男手一人だけなんだもん。大変だよね。お母さん厳しそうだったもんね」

「まぁ、はは…」

 女子たちは親元を離れて来ているのに、母親同伴なのは僕だけだから、なんとなく気まずいと感じていた。

「うふっ。ちゃんとここまで一人で来れた? ずっと向こうに居るから、君はお母さんの側から離れたくないんだと思ってたー。うふふ、ウソウソ」

 リンちゃんは普段学校で見せないような悪戯な笑みを湛えていた。

「ぅ… ははは…」

 少し小馬鹿にした台詞だったが、リンちゃんに言われる分には腹は立たない。仲がいいからこそ出る軽口だ。実際、「僕が」ではないけど、母親が僕を束縛しているのは本当だし、鬱陶しいけど仕方ないんだ。早く独り立ちしたいものだ。

「ああ、ぉ、…母さ、オフクロはお節介なんだよ。俺はもう一人でどこだって行けるし」

 女子の前では強がっていたい。特にリンちゃんの前では、一人称は『俺』っていうことにしていた。オフクロなんてぶっきら棒な言葉も初めて使ったよ。

「ふうん。そっか」

「あの二人は……?」

 リンちゃんはどうして一人で居るのだろうか。彼女はいつもマキちゃんとカヨちゃんと一緒に居るはずなのに。喧嘩でもしたのかな?

「すぐそこでセミ捕ってるよ。主にマキちゃんだけね。どうして?」

「ああ、そう…。いや別に… なんでリンちゃんだけこっち来てるのかと思って」

「うふふ。三人仲良しだからって常に手をつないで移動してるわけじゃないよ?」

「へへ…。まあ… そうだね」

 僕は心のどこかで女子っていうのは絶対に集団行動する生き物だって決めつけていたのかも知れない。今度は僕が女子の生態を小馬鹿にした形になってしまった。

 でも当たらずとも遠からずというか、彼女たちは常に一緒に居るし、僕は母親の保護下から抜けて独りになりたいと思っている。改めて男子と女子の習性の違いってやっぱりあるよなと思う。僕は一端の男子だし、リンちゃんは最近どんどん可愛くなって、とても女の子らしいし。

 なんだか改めてこんな大自然の中で二人きりになると、リンちゃんが女子だってことを意識し始めてしまった。知らず内に心臓が高鳴る。学校で友だちとして普通に喋ってるときは特に何も意識していなかったのに、まともに顔が見れなくなってしまう。

「カヨちゃんと私はセミを探してるだけだから。いたらマキちゃんに教えるの」

「ふうん…」

「ケンタくんもセミ捕る? マキちゃんと一緒にやりなよ」

「いや、俺… いい。一人で散歩っていうか… ごにょ…」

 女子と一緒に居るのもダルい。言い訳なんて思いつかずに言葉尻もおかしくなっていった。リンちゃんと一緒に遊ぶのはやぶさかではないが、このキャンプ場だとあまり気乗りはしない。

 原因は解っていた。

 元凶は母親だけど、今回のキャンプの仕切りをしているママ友たちも母と一緒で考え方が偏ってるのだ。もしかしたらママ友たちのリーダーである佐々木さんというおばさんが真の元凶なのかも知れないけど…。

 なんというか…、『男はしっかりしないといけない』みたいな価値観で動いていて、女子には甘いのに男子の扱いは厳しいものがあった。女子たちには佐々木さんの教えが行き渡っている。ガールスカウトのメンバーは全員が僕を試すような目で見ているのだ。だからチャラチャラと女子なんかと遊んでいたら『軟弱』みたいなことを言われるだろう。特に可愛らしいリンちゃんと二人きりのところを誰かに見られたりなんかしたら具合が良くないと思う。

「セミならさっきその辺の木で鳴いてたよ…」

 山の中に響き渡るたくさんのセミの鳴き声、でもさっき鳴き始めたセミの声は覚えている。鳴き始めの瞬間を覚えているから他のセミと聴き分けができるぞ。10メートルも戻れば見つかるはずだ。それだけ教えたらもう立ち去るつもりだった。

「えぇ? どこ?」

 リンちゃんはふらっと僕の指差すほうに向かったが、振り向いたりして僕に道案内して欲しがっているみたい。甘えた声… 頼られている感じがした。

「ねえ?」

「…ん、あそこだよ」

 僕はいつの間にか得意顔で例の木を教えてあげた。男らしく先導して、ついでに先程のセミも発見してやる。

「あ、ほんとだ。いたっ。ありがと、ケンタくん」

 彼女は少しだけ僕に身を寄せた。

 調子に乗せられているというのは後で知るんだろうけど、可愛い女子ってのは男を乗せるのが巧い。僕は女子に教えてやった感でムフーッとドヤ顔になっていたことだろう。

 知識量でマウンティングして女子を制するのは男の欲望の一つだ。だから気持ちいい。特に山だとか海なんかでの知識は女子にモテたりするものだ。

「マキちゃん呼んでこなきゃ…」

「じゃ、僕は…」

「ここに居て、ケンタくん。見張ってて」

 少し興奮した様子のリンちゃんだった。珍しい。

「ぇ…」

 頼られて有頂天だったが、すぐに現実に引き戻されていた。リンちゃんと二人きりでいるところを誰かに見られたくないんだった。

「あっ。ケンタ」

「あらぁ、一緒だったんだぁ?」

「!?」

 聞き覚えのある声がした。案の定、見つかってしまったようだ。

「なんでリンちゃんと一緒なわけ?」

 キィッと睨みつける目をしているのはマキちゃんだ。キツネ目気味で眼力がある。くんっと鼻が上がっていて、口は6割型曲がっているし尖っている。いつもきつい印象だが、今日は特に疑いの目で見てきているな…。

「ぇ? ぃや…」

「大丈夫? リンちゃんッ」

 疑惑の目だ。小さい子を不審者から守るお母さんのよう。マキちゃんはいつもと違って短めの髪をツインテールにしていて、少し化粧もしているみたいだった。

「……」

 やましくないのに僕は閉口してしまった。

「早くこっち来な」

 僕がリンちゃんに何かしていたみたいな口振りだ。だから一緒に居る所を見られたくなかったんだ。

「大丈夫? 何かされてない??」

 一応小声だけど、僕にも聞こえてるよ…。マキちゃんは可愛い顔をしているけど苦手だ。

 リンちゃんと違ってキュロットタイプの制服、靴下は穿いていないな。一人だけ涼しそうなサンダル。上はシャツを脱いで薄いピンク色のTシャツだ。申し訳程度にスキニータイだけ首に巻いてその上から手拭いを巻いている。テンガロンハットは首の後ろにぶら下げてあった。

「あ、マキちゃん。セミいたよ」

「え?? まじ?」

 リンちゃんが言っていたようにマキちゃんは虫かごと虫取り網を装備していた。小走りにセミを探しにいく。

「たまぁにケンタくんと二人きりで一緒に居るよねぇ。ふへへ」

 誰にともなくつぶやいたのはカヨちゃんだ。お嬢様然としていて、彼女だけ貴婦人かってくらい大型の麦わら帽子を着用している。薄い水色のハイソックスに、あとはリンちゃんと同じスカートと白いシャツだ。大きく違うのは腕に日除けのための薄水色のアームカバーを付けているところだ。同い年の癖に彼女だけもうおっぱいが大きく膨らみ始めている。大人だ。

「お二人は、隠れて逢い引きでもしてたのかなぁ?」

 まだ独り言をつぶやいていて、何か盛大に勘違いしているな。妄想癖が逞しいらしい。まさに僕が恐れていた通りの展開だ。

「ぃや… そんなんじゃないって。散歩してたらたまたま…」

 僕は思わず反論していた。

「リンちゃんのこと襲ったらわかってるぅ? わたしのぉ、親戚のおばさんがPTAの会長やってるからねぇ。気をつけてよぉ?」

 うふふとカヨちゃんは僕の目を見ずに笑っていた。なんだこれ… 冗談だろうか?

「いやだな、襲うなんて… そんなわけ」

「もしリンちゃんに手出したらぁ、ケンタくんなんてすぐに退学にしてあげるんだからぁ」

「……ははっ。わかってるって。そんなことするわけないだろ」

 笑って対応しておいたが、一応カヨちゃんも目は笑っている。冗談で言っているんだろうが、でも心の奥底は笑っていない感じがした。リンちゃんのことが大せつだからってナチュラルに脅しをかけてくるんだよな……。義務教育で退学なんてなるわけないだろ…。

「セミセミッ」

「ほら、ケンタくんが見つけてくれたの」

 マキちゃんがセミ捕りに集中している間に僕は後ずさって、帽子を目深に被り、徐々に散歩を続けている体(てい)で歩き出した。何も言わずに立ち去るのが大人の男っぽくて恰好いいだろう。

「あら、もう行っちゃうのぉ?」

 カヨちゃんが目敏く見つけたらしい。視界から外れていたのに…。

「ん、んん… 行くわ、俺。ちょっと散歩してただけだしッ」

 居た堪れない。もっと静かなところで独りになりたい。

「じゃ、じゃあな」

 できるだけぶっきらぼうに振る舞った。やっぱり女子の前だとこんな僕でもキザっぽくなるらしい。

「ケンター!」

 歩き出したところで森に声が響いた。

「!?」

 あれはお母さんの声だ。まだ姿は見えないが僕を捜している。僕はちらりと女子たちのほうを確認した。あまり気にしていない風だが、母親が息子を捜しに来たんだろうなって感じで三人とも僕と目を合わさない。

 だいたいこのキャンプで僕だけお母さんが付き添いだなんて、男としてなんだか恥ずかしい。クラスメイトの女子にそれを見られるのも嫌だ。

「ん、仕方ねえなー」

 僕はカヨちゃんに聞こえるように言って来た道を戻ることにした。お母さんのところへ戻る以外の選択肢がないのだ。リンちゃんとマキちゃんの横を無言で通り過ぎ、彼女たちは僕を見送る。

「居るなら返事しなさーい!」

「………」

 ジジジ… とせっかく見つけたセミが飛び立っていった。

 なんて恥ずかしいんだ。ハーイなんて返事なんかしたらマザコンかよって女子に馬鹿にされるじゃないか。

 10メートルも歩いた程度のところでもうお母さんの姿が見えてきた。小走りにかけてきたようだ。

「ケンターッ」

「うん…」

 鬼の形相だ。

「もう何やってるのよ! ちゃんと返事しなさい!」

 せめて50メートルは離れたかった。まだリンちゃんたちがこちらを見ていて、ばっちり母親同伴のところを目撃されているじゃないか。

「いや、ちょっと自然散策っていうか…」

「駄目でしょ! あなたお兄ちゃんなんだから小さい子の面倒見てよって言ってあったじゃない。どうして言うことが聞けないのッ」

「あぁ、うん。わかってる…。戻る」

「ぜんぜんわかってない! 生返事しちゃって!」

 リンちゃんとマキちゃんとカヨちゃんが身を寄せ合ってこちらを見ていた。僕がお母さんにド叱られているところを見られてしまっているよ。嫌だなぁ…。

「どうして持ち場を勝手に離れたりしたの?」

「ぁあうん、だから…」

「もしかして女の子たちと遊んでたわけ?」

「いや遊んでない…」

「まったく。キャンプに来たからってテンション上がってるのね。これだから男の子はッ」

「いや別に… 上がってなんか…」

「そんなことより、リーダーがベースキャンプ移動するって。一緒に荷物運んでくれる?」

「…ぇ。あぁ…」

「シャキッと返事しなさいッ。もう!」

「………」

 僕は自然と顔が真っ赤になっていた。母親に叱りつけられる男なんて、半人前以下だろう。こんなお母さんはクラスメイトの女子に会わせたくなかった。恥ずかしいし恰好悪い。何もクラスメイトの女子の面前で怒らなくたっていいじゃないか。こんな男じゃ絶対に恋愛対象になれない。

 リンちゃんがどんな顔をしているのか気になった。

「ほら行くよ」

「う…」

 強引に手を引っ張られた。聴き分けが悪いわけじゃないのに、こんなに強く手を引っ張るなんて、僕を信用していないのだろうか…。

「貴女たちも他の子を連れて一旦ベースキャンプに戻ってきてー。向こうに大きな川があるから移動するよ。点呼取るからねッ」

 お母さんはマキちゃんたちにそれだけ言って歩き出した。彼女たちに視線を合わせたのはその一回きりだ。

 どういうわけか僕はそんなお母さんが好きになれない。

 髪は後ろで簡単にまとめて、長袖の白シャツにチャコールのロングスカート。流行りのブーツに変に大きいつばの帽子とサングラス。およそキャンプ向きの恰好ではないよな。

「……」

「………」

 クラスメイトの女子の前で僕を叱責した後、お母さんは道中で口を開かなかった。まるで他人の目があったから怒ってみせたという感じだった。

 マキちゃんたちの姿が見えなくなってもお母さんは僕の手を離さない。手を離してくれとも言えなかった。

【本編に続く…】第2話以降はファンティアにて全文を公開しております。

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