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掃除当番で(3)

 彼らはどうなるのだろう? 佳苗は確かに胸がすっとしていたが暴力を持って従わせるというのは最善の方法ではないと思った。傷めつけられた相手は暴力が嫌だから従う。でも心の中では何も納得などしていない筈。それでは何も解決していないと思う。
「あの娘、あんな強かったんだ。すっげーね。行ってみようよ」
 深智は佳苗の心配を他所にワクワクした様子で、佳苗の袖を引っ張って促す。
「うん…」
 どちらにしても男子たちが女子トイレに連れ込まれるという事態を黙ってみているわけにもいかないと佳苗は歩を進めた。行って何が自分にできるのだろう?
「あいつらボコボコにされちゃえばいいのにね」
 深智は無邪気に笑った。
 佳苗と深智が女子トイレの入り口に顔を出すと、男子たち3人は奥の方にいた。けんじが床に這い蹲っている。お腹を押さえて辛そうな表情だ。亜美は傍らで手を腰に当てて佇んでいる。また蹴ったのだろうか。佳苗は止めなければと思い、女子トイレに入る。
 そのとき、麻耶がこちらに向かって歩いてきた。志倉麻耶。佳苗はほとんど喋ったことがない。亜美よりも暗い娘でいつも黒っぽい服装だった。暑くても長袖シャツにロングスカートで、あまり肌を見せないファッションが好きなようだ。ものすごく無口だしそもそも人と目を合わそうとしない。喋りかけても反応が著しく薄いのだ。何を考えているのか解らないところがある女子だった。佳苗たちの横をすっと通り過ぎ、入り口で立ち止まった。見張り…ということだろう。
「志倉さん… 黙って見てていいの? 暴力なんて駄目だよ。止めなきゃ…」
 無理と解っていても佳苗は言ってみる。予測通りなんの反応もない。無視されてしまった。
「くっそ。おめー!ただで済むと思ってんのか!?」
 クーちゃんが叫んだ。胸ぐらをつかんで亜美に詰め寄る。
「謝る気がないみたいだから」
「んあぁん?」
 あんなに怒るクーちゃんを見るのは初めてかも知れない。彼は3人の男子の中では一番のお調子者だ。いつもへらへらしていて、ふざけて机の上で踊ったりするような頭の悪い男子なのだが、それが今は怒りに身を任せている。
「手離せ」
「うっせーわ。まずお前がけんじに謝れ。今なら土下座で勘弁してやっからよ!」
「手、はなせ」
 亜美は怯まずに腕を組んだまま対応していた。
「亜美ちゃん、コイツら全員同罪だって。やっちゃっていいと思うよ?」
 隣で腰に手を当てて立っているのは帆足良奈。佳苗は少しショックだった。彼女は勉強もできるしスポーツもできる優等生だ。彼女だけは誰とでも仲良くできる性格のようだ。友達も多い。そんな明るい良奈が暴力に加担するなんて…。
「帆足さん、止めないとっ」
 佳苗は訴えた。亜美や麻耶に言うよりは実のある行動だろう。
「え? 何を?」
 良奈はきょとんと佳苗を見る。
「だって暴力はだめだよ。先生来ちゃうよっ」
「先生きてもいいじゃん。悪いのコイツらだし」
「弱いものいじめは良くないと思う」
 その言葉にけんじとクーちゃんのこめかみがぴくりと動く。クーちゃんが亜美から目を離して佳苗と良奈のやり取りに気を取られる。
「えー? 朝倉さん、さっきスカートめくられてたじゃん? こんな奴ら庇うことないよ」
「それはでも… だからって暴力はよくないと思う」
「うグッ」
 呻き声を上げたのはクーちゃんだった。見ると彼もお腹を押さえていた。それと同時に亜美が膝を下ろすのも見えた。きっと亜美の膝が突き刺さったのだろう。亜美はこう見えて喧嘩慣れしているらしい。
「てめ…よくも…」
 やせ我慢をしたクーちゃんは痛みを堪えてもう一度亜美に掴みかかった。だが次の瞬間、床に倒れていたのはクーちゃんだった。掴みかかってきた勢いを利用してクーちゃんの身体はくるりと半回転して足をすくわれた。
「う…くっそ」
「まぁ見てていいよ。恥かかされたんだからやり返さないとね?」
 良奈は屈託なく笑う。
「あたしも賛成。けんじたちいつも感じ悪いし。いい気味じゃん?」
 深智が後ろから佳苗の肩を叩く。
「ね?」
 暴力に対して抵抗感のない彼女たちを説得するにはどうしたらいいのだろうか? 佳苗はオロオロとするばかりだった。
「オラァ!女だからって殴られねぇとか思っんじゃねーぞ!」
 いつの間にか復活していたけんじが叫ぶ。お腹を押さえて立ち上がっていた。
「けんじ!やっちまえ! テリオも突っ立ってないで動け!」
 クーちゃんも立ち上がって亜美の服の袖を掴む。亜美の動きを封じるつもりらしい。クーちゃんに促されたテリオはどうしていいか解らない様子だった。彼は元来大人しい性格なのだ。いつも文庫本を読んでいるし、勉強もできる。しかしインテリなところからテリオなんてあだ名がついてしまった気の弱さが窺える。
「やんぞコラ!」
 けんじはボクシングのように構えてシュッと拳を突き出す。それは亜美の頬にパシッと当ってしまった。
「へっ!もう一発!」
「っく…」
 ストレートが決まる。佳苗は「いやっ」と悲鳴を上げた。こうなることを恐れていた。やればやり返される。報復合戦はお互いにとって不利益な行為だろう。
「おうら!」
「っつ…」
「やめてっ!」
 ボディブローを放ってそれも亜美のお腹に突き刺さる。流れるように3連打を浴びて亜美の表情が苦悶が現れた。
「このっ!」
 佳苗の隣で憤った良奈が動く。前蹴りでけんじを後ろへ押しやる。
「ってーな。なんだコノヤロー。お前もぶっ殺されてーのヵ…」
 シュッ。
 けんじが言い終わる頃には良奈のハイキックがきれいに決まっていた。けんじは再び女子トイレの床にひれ伏した。


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