牛田竜一はタウンミーティングが行われるという市民会館へと足を運んでいた。会場はさほど広くはない。中規模のホールに多くの女性が詰めかけているが、男は5・6人といったところか。
『男性とフェミニズム』をテーマに作家や大学の教授などをたくさん呼んでいるそうだ。竜一は取材のため、密かに参加することにした。学校の件と同じでここにも男性差別の酷い実態がきっとあるのだろう。
「えー大変長らくお待たせしておりますー。司会を務めさせて頂きます渡草理津子(とぐさ りつこ)でーす」
司会者の丸メガネの女性が壇上に立った。地方テレビ局のアナウンサーのようだ。20代後半くらいでパンツスーツ姿だ。健康的な恵体で乳が大きく張り出し、脂肪がしっかりと付いている。
「では女性のためのN市と男性にも住みよい街をテーマに議論を始めさせて頂きます。わからず屋の男性にもフェミニズムの考え方を理解させるにはどうしたらよいのでしょう。個人的には女性だけの街にしたいと思いますけどね。態度の悪い偉そうな男はどんどん排除すべきと思いますけどー。みなさんの意見はどうでしょうか。今日は各界の著名人の方にお話を訊いていきたいと思います」
会場はゆっくりと照明を落とし舞台にスポットライトが当たった。「それでは紹介致します」と司会者が14人の女性を壇上に招いた。一人ずつ紹介され、その度に拍手が沸き起こる。フェミニズムの世界では有名人なのだろう。10人くらいは妙齢の女性で、内一人は天都の現当主だった。天都桔梗だ。着物姿で静々と歩いて椅子に座る。艶やかな口紅を光らせた。
舞台上手に7席。舞台下手に7席。桔梗は中央奥の玉座だ。
一頻り議論が行われてタウンミーティングはつつがなく進行されていく。特に違和感はない。フェミニストたちが日本男児を貶める言動は多く聞かれたが、通常営業だろう。
「えーそれでは、最後にー、舞台に上がってもらいましょう。この方〜、李裕子さんでーす」
李裕子だと!?
女性企業経営者や女性小説家も集まる中で、下働きの女をなぜ舞台に? 竜一は不審に思った。なぜ最近入ったばかりの新人バイトのような女中を壇上に…。
「はい、警備員さん。出入り口の警備は完璧ですね? というわけで李さんでしたっけ? さっそく彼女に話を訊いていきましょうか」
理津子が告げるとスポットライトが裕子へと当たった。
「?? あの? わたし? な、な、なんでしょうか?」
平凡なスカートに、平凡な肩までの髪型の地味な女が壇上に突き出された。見学に来ただけで喋りたいことなどないといった様子だ。
竜一は焦った。
これは予定されていたプログラムではない。
「あなた男性ですよねー?」
舞台端に控えていた理津子が上がってきてマイクを向けてくる。
「は? はい??」
裕子は、いや、竜一は焦った。
尻尾などどこにも出さなかったはずだ。裏声も完璧だった。女性の声を演じている。見た目だって小柄でヒョロヒョロの身体なのだし。バレようがない。
「裕子さん。とても残念です」
奥の天都桔梗がテーブルに設置されたマイクに向かって発言した。
会場からも続けて声が上がる。
「あんたが文屋かね!」老婆の声だ。
「何しにきたのよ!」40代のおばさんの声。
「スパイなんでしょっ?」「白状しろー」女子高生のグループが高い声を上げる。
「へんたーい!」中学生だろうか。正義感の強そうな少女の声だ。
200名ほどの女性たちが、まばらに会場を埋めている。前のほうに若い女子が多く集まっていた。
「脱がせてみればわかるわ」
舞台上手のパネリスト席から時宮和子(ときみや かずこ)が立ち上がって発言した。50代の教師で、彼女は確か水織の担任だ。教頭も兼任している地元の名士である。かなり憤慨している様子。それに合わせて「脱がしちゃえー」と会場からも賛同の声が上がる。
「あなたが木隠を嗅ぎ回ってるという週刊誌記者の男性ですよねー?」
司会の理津子が芸能レポーターのように間を詰めてマイクをグイと近づけた。
「ち、違いますぅ」
竜一は顔を背けて下を向いた。
「とぼけても無駄ですよ? 天都のお嬢さまからすべて聞いておりますので」
「は…?」
「花楼に盗聴器を仕掛けたんですって?」
「そ、そんなことするわけないじゃないですかっ」
「盗聴器はこちらで回収して警察のほうに提出させて頂きましたよー。会場の外には警察の方が待っていますのでもう逃げられませんねー」
「しょっ、証拠もないのに人のこと疑わないでくださいっ」
竜一はジリジリと下がって壇上から落ちそうになっている。
高戸には「水織お嬢さまが盗聴されているんじゃないかって不安がっています」とだけ報告したのだ。そうすれば思春期特有の思い込みによる妄言として処理されるだろう。
水織から渡された盗聴器は壊して川に流したはず。見つかるはずもない。
記録した音声データはスマホにデータを移動させてある。
証拠は残っていない。ついでに疑いがかからないように、『逃げていった謎の人影』の出鱈目証言も報告しておいた。
証拠品を裕子、…竜一に渡した水織がヘタを打ったのだ。子どもの水織には裕子が竜一だなんて解るはずもない。
いや、だが水織は気づいていたのか? 裏切られた?
「気分が悪いです。帰らせてくださいっ」
竜一は逃げるように壇上を飛び降りた。会場に悲鳴が響き渡った。「きゃー」「捕まえてっ」と女たちが騒ぐ。竜一は走った。警備員が待ち受けるドアに向かって突っ込んでいく。
「あっ」
不意に最前列の観客から足が突き出された。竜一はその足に引っかかり見事に転んでしまった。床に突っ伏す。そこへ足で引っ掛けてきた女性が馬乗りになった。
「逃げ出すなんて卑怯者のすることですっ」
鬼塚彩希(おにづか ゆいり)。『生活指導隊』のメンバーだ。背中に跨る。すかさず腕を首に回してきて極めてくる。
「ぐうっ…」
首が絞まる…。
「彩希ちゃん。絞め落としちゃえ!!」
「金玉潰しちゃいましょう!」
「生温いわね。潰した上でちょん切りましょうよ」
「いいねぇソレ。女の子に仲間入りできるじゃん。きゃはははっ」
壇上、会場それぞれから声が飛び交っていた。竜一の周りに女性がどんどん集まってくる。
まずい…。
「ルールを守らない人は罰します!」
彩希は竜一の背骨をへし折らんばかりに反らせた。ジタバタ暴れる情けない竜一。キャメルクラッチが見事に極っていた。