裸になることに躊躇していると思われてはいけない。
男はいつも堂々としていればいいのだ。
そう思っていた。だがブリーフが膝を通り抜けると急速に恥ずかしさが増していく。昔はおちんちんを女子の前で丸出しにして踊って見せつけ、笑いをとるくらいなんでもなかったはずだ。それなのに後悔している自分がいる。
「いいぞ〜」
「きゃあっ」
「早く脱いじゃえ」
「いやぁ…」
女子たちは各々、声援を送り続けた。
ぷるぷると震えて出す。片足を上げてブリーフを脱ぐときに転んだらまずい。興奮しているわけでもないのに訳も分からず勃起しているのだ。このエレクトした状態を見られるのは、おふざけで裸になって笑いを取るという次元とはかけ離れている。意味合いが違ってくる。だから万が一にも紙皿は退けるわけにはいかない。
右手だけでブリーフを引き下ろしていく。身体をくの字に曲げ、ブリーフが足首に到達する。慎重に…。だが迅速に脱ぎ去らなければならなかった。脱ぐスピードが遅いと躊躇していると思われてしまう。
すっと左足を上げブリーフを引き抜いた。と思った。
あれ…。
ぐらっ… とバランスが崩れる。普段ならこんなことでグラつくわけがないのに…。
「おっ …と」
とっとっと… などと右足でケンケンして女子たちが見ているソファーのほうへ近づいてしまった。
「きゃっ」
「やぁだ!」
悲鳴が俺を焦らせる。
「転ぶよっ!」
渓口が俺のアクシデントを待ってましたとばかりに起きて欲しい現象を口にする。期待に胸膨らませた表情だ。
「…と」
何とか踏みとどまった…。
かかとに引っかかっていたブリーフを引き抜いて左足を大地に根付かせる。女子たちは「ホッ」としたような「なぁんだ」と言うようなそれぞれ悲喜こもごもだ。
ここで転んだら勃起したおちんちんがブラブラと飛び出ることになって悲鳴の嵐だろう。俺もお婿に行けなくなってしまう。人体切断マジックで本当に身体が真っ二つになるようなものだ。そんなエンターテイナーの端くれにも置けないミスを犯すところだった。
ドキドキしながら右足からすっとブリーフを引き抜いてやった。
どうだ。靴下を除いて堂々と恥ずかしがらずに全裸になってやったぞ。恥ずかしがって脱ぐのを躊躇すると余計に恥ずかしいものなのだ。俺みたいにスッスッスッと脱げば何も恥ずかしくない。スッと顔を上げ、ドヤ顔で女子たちを見る。
「!?」
近い!
手を伸ばせば笹木の頭を叩けそうなくらい近かった。笹木はちょっと口を開け、びっくりしたような表情で頬を染めていた。ケンケンしてちょっと前に出たことでこんなに観客席と近いのだと実感する。28の瞳がくりっと裸の俺を間近で注視しているのだ。
「…」
俺は慌てて何ごともなかったかのようにバックする。何だか顔が熱かった。戸惑っているなどとバレてはエンターテイナー失格だ。澄まし顔で元の位置に戻る。
「っぁっ!?」
足がもつれ、つるっと滑った。
すってーん!
「きゃー!!」
「やだーっ もうっ!」
しまった!
一斉に女子たちから悲鳴が上がる。今日イチの声量だ。
ガタッとダイニングでお母さんとお姉さんが席を立った。「あの100%の芸ね。おもしろいからいいわね」と微笑んでいた大人たちが慌てたのだ。ここでバッキバキに勃起した猥褻物を陳列してしまったらちょっと主催者としては聞いていた話と違いますけどという雰囲気である。
俺は足をVの字に天高く掲げ、女子たちに股間を差し出していた。
左手の紙皿は… しっかり股間にベタ付けだ。
受け身は右手だけ。この左手は密着させたまま離すわけにはいかないという意志が勝った。
一瞬、目が鬼のようになったお母さんとお姉さんは「なんだ、大丈夫なのね」という顔でイスに座り直した。
女子たちも早とちりで顔を伏せているやつが中邑を始めとして何人もいた。おちんちんがぽろんっと露出したのだと思い込んだのだろう。少女たちの頭の中でおちんちんがゾウさんの鼻のようにブラブラと揺れるエッチな想像を働かせたに違いない。どエロめ!
「ちょっ 嫌だっ」
本気で嫌がって顔を覆い伏せる中邑。
「ひぃやぁんっ」
この素っ頓狂な悲鳴は誰だ?
「ひゃっ」
意外なのは喜多野だ。彼女は女の子みたいに顔を赤くして両手で顔を覆っていた。オラオラ系かと思ったら異性の裸に耐性はないらしい。
「ぶっははっ!」
「だっさーい」
目を逸らさない笹木と砂藤はちゃんと股間が隠されていることにいち早く気づいている。単純に転んだことが面白いようだ。
「あはははっ!」
渓口も無邪気に笑っていた。彼女の反応でおちんちんが本当に露出したわけじゃないと悟った女子たちが片目を少しずつ開き、両手を顔から離していった。
ぽけっとしていた渡部妹もやっと面白さを理解したのか手を叩いて喜んでいる。だいたい子どもって人の失敗で笑うんだ。
「!?」
ぬぅっと首を伸ばして守谷が俺の股間が凝視していた。なんとかおちんちんが見えないものかと真剣な眼差しだ。
俺はささっと立ち上がる。
「……」
もう一人、ぽっちゃりの杁山も目を見開いて首を傾げていた。電車で真向かいに座った女子高生のパンツを覗こうとしているおじさんみたいに下から見れば行けるんじゃ?といった表情だ。
渡部姉と西濃はまだ顔を伏せていた。恥ずかしがりめ。
キッ
市河が睨みつけるようにメガネを光らせていた。こいつは真面目だか
ら怒っているのかも知れない。お母さん的な見方をしているようだ。バカの癖に。
ら怒っているのかも知れない。お母さん的な見方をしているようだ。バカの癖に。
伊駒は落ち着いた顔で眺めている。むしろ冷めきっているようだ。
「写真撮ってやろうと思ったのにっ」
「なんだ、びっくりした。おちんちんが出ちゃったのかと思った」
「むしろミスしたと見せかけた高度なエンターテイメントかもっ」
きゃきゃと囃し立てる山元、柏城、小島。
女子たちの様々な反応でおちんちんは硬度を増していった。ビクビクンッと紙皿を跳ね除けようとしている。
「くっ…」
俺は堂々としていなければならない。これは小島が言うようにわざとミスったフリをする高度な技術なのだ。なのに背が丸まり腰が引けている。
何だか異常に顔や耳がグツグツと熱いんだ…。