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閉ざされた村で 第四話 男の娘リンチ(2)

「ぐほっ」
「地声が甲高いのですね」
 鬼塚彩希(おにづか ゆいり)は腕を首に回して竜一を絞め上げていた。『裕子』の恰好をした竜一は意識が途切れかける。
 彩希の仲間、女子高生たちが近づいてきた。
「彩希、大丈夫? そいつほんとに男なの?」
「ちんちん付いてるか確かめようか」
 首に回された手が解除され、竜一は床にドサッと突っ伏した。彩希はくるりと反転して、今度は彼の足を抱え上げた。竜一はエビ反りになる。
「ハぐッ!?」
 竜一のスカートがはらりと床に付く。女子高生たちが「どれどれ?」と中を覗き込んできた。
「やだっ きもーっ」
「うわっ。ヘンタイ!」

「どう? ちんちんある? 男の人?」
 彩希がさらに両足をグイッと抱き込んだ。竜一は呻いて、シャチホコのように足の裏を天に見せる。頬は汚い床に擦り付けた。彩希の力にまったく抵抗できない。
「や、やめてくださいっ…」
「ちんこ付いてるよッ やっぱ男だ!」

 さらに観客たちが寄ってきてスカートの中を覗き込まれた。股間が丸見えだ。
「まっ。本当に女装して忍び込んできたのね!」
「嫌だわ。死刑よ、こんなやつ!」
「女の子に悪戯する目的かも知れないわ!」
 おばさまたちが顔を曇らせた。

「小さいけどポコチン付いてるわ。男よ。彩希っ」
「彩希ちゃん、こいつ女物のパンツ穿いてるッ。ド変態だよ〜」
 女子高生たちが口々に指摘し、怖がり、キモいなどと感想を述べていった。もっこりとした股間を少女たちに見られて竜一は羞恥を味わう。生地の薄い小さなパンティなのでおちんちんのカタチがくっきりと浮かびあがる。ムクムクと勃起が始まっていく。屈辱を味わって何故に勃起してしまうのか…。
「やぁだっ。大っきくなってきた!」
「きゃー!!」
「女装して首絞められて勃起? コイツやばいんじゃねっ」
「ヘンタイ記者っ」
 女性たちが見てる前で女物のパンツの前を大きく膨らませてしまった。小さな面積の生地を突き破らんばかりに大きな山をつくった。卑猥な男性器の形がくっきりと少女たちの前に提示される。
「うわ〜やだやだっ。勃起しても短小みたい。どうせ童貞なんでしょ!」
「死刑! こいつ絶対死刑にしよっ。金玉ぐちゃって潰すべきよ!」
 なぜ、見も知らぬババアや女子高生たちからそしりを受けなければならないのか。びくぅっとおちんちんが反応した。
「そうよ。金玉潰すべきだっ」
「やっちゃえ!」

 制裁を加えるべく前に出た女子高生がローファーの裏でおちんちんを踏みつけてきた。
 ずしっ ぐちゃっ
「はぐぬっ!?」 

 ずしっ ぐしっ
 ぐちゃっ ぐちゃ!

「ぁ…! ぁが…!」
 細い足が何度も竜一の股間に突き刺さった。激烈な痛みが金玉から上がってくる。
「やれーやれー!」

「やめなさいっ」
 壇上から時宮先生の声がかかった。
「あなたたち、危ないわ。その男は犯罪者よ。もう下がっていなさい」

 制されて彩希は素直に竜一の足を床に下ろす。そして間髪を入れず観客の屈強なおばさんたちが4人がかりで暴れる竜一を抱え上げた。わっせわっせと彼を壇上に運ぶ。
「や、やめて…」

「お帰りなさーい。裕子さん」渡草理津子が待ち受けていた。「竜子さんでしたっけ? 『り裕子』さん? ま、どっちでもいいですよね? 牛田竜一さん」
「っ!?」
 竜一は肩を落として諦めた。カバンが盗られていた。中を検(あらた)められたらしい。理津子が竜一の免許証をひらひらと摘んでいる。

「まだ男かどうかわかりませんわよ」
 パネリスト席から代議士の檜山塔子(ひやま とうこ)が指摘する。左派リベラルとして有名な40代の女性政治家。不倫疑惑で世間をお騒がせしている癖に他人には清廉潔白を要求する女だ。腰に手を充てて怒っていた。早口で声が大きい。
「全部 脱がせて確認するまで断定してはいけませんっ。みなさん落ち着きましょう。まずは身ぐるみ剥いでからですよ!」

「いずれにしても逮捕ですね」
 パネリスト席からN県警の火蔵八重(かぐら やえ)が前に出てきてしゃがみ込む。まだ30代のエリートで、実質的にはN県警のトップの女である。
 竜一の顔をマジマジと覗き込んだ。メガネの奥の目が怖い。
「盗聴に詐欺行為、痴漢に暴行行為の疑いもありますね」

 他にも市長代理の女性やN中央病院副院長の女性、錚々(そうそう)たるメンバーがどう処分するべきかを論議していた。

 竜一は下を向いて身を縮ませる。会場からも様々な声が飛び、さんざん罵られていた。
「ほらっ いつまで座ってんの? 子どもですか! 立ちなさい!」
 時宮先生が竜一の胸ぐらを掴んで引っ張り上げた。その瞬間「ぷっ」と会場から失笑が漏れた。竜一のスカートの前はもっこりと突き出しているのだ。とっさに腰を引いて恥を紛らわした。

「李さん…。いえ牛田さんですか」
 マイクを使って天都桔梗が呼びかけた。会場は木隠の天都家当主が発言しただけでゆっくりと静まり返っていった。
「ウチへ来た目的はだいたい察していますよ。マスコミ機関の取材は今まで何度でもありましたから。まさか女装なさっていらっしゃるとは思いませんでしたけど」

 竜一は桔梗の前まで突き出される。
「お、お許しを…」
「ウチの水織がね、あなたのことを男性だと看過しましたのよ?」
「へ…?」
 竜一は汗だくになり髪が乱れ、憔悴しきった表情で口をぽかんと開ける。

「水織の髪を洗ってやっていたとき、あなた腰を引いていたそうね?」
「っ…」
「外様の無礼な男が天都の女に触れた罪は重いわ。陰嚢(ふぐり)は潰れるとお思いなさい…」
 桔梗はマイクを置いて席を立った。

 それを合図に舞台袖から着物の女とショートパンツの女が現れた。

「窃盗犯ってコレ? おばさま。さっさとこいつの金玉潰せばいいん?」
 ショートパンツにTシャツの女性は天都夜宵(あまみや やよい)だ。鋭い目つきに赤みがかったポニーテールが特徴的である。
「一つ? それとも二つとも?」

 もう一人は水織だ。
 十二単衣のような着物に髪飾りを付けていた。しかし雰囲気が違う。空気が強張っていた。なんだ? 水織じゃない? 目が据わって瞳孔が蒼く光っていた。

 竜一は腰が抜けそうになる。
 水織の目の奥に鬼を見たから。

 湯気のようなものが立ち上って魂が抜けていくみたいだ。神懸っていた。重そうな着物でゆっくりと近づいてくる。
 人間ではないのだと直感した。
「わちは退屈してるのよ。うふふふっ。遊んでくれる?」
 無表情の少女がいきなり笑いだした。トランス状態なのか? これは確実に水織ではない。竜一は恐怖した。

「あとは好きなようになさい」
「はーい」
 桔梗が夜宵の肩を叩いて、舞台を去っていった。興味がないと言わんばかり。代わりに夜宵がにやりと笑う。おもちゃを引き継いで嬉しそうだった。
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