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修学旅行で(6)

「何やってんだい? 夜中なんだから静かにしなっ」

 オバサンの視線が俺たちに突き刺さる。

「あっごめんなさぁい。静かにしまあす」

 笹木が答えた。

 押しくらまんじゅうの一団は俺を覆い隠す。女子たちのお尻が裸の俺をムギュムギュと押し続けた。

「怪しいねっ 何か変なことしてんじゃないのかいっ」

 オバサンは不信感いっぱいの目とどすの利いた声で攻撃してきた。犬もワンワンと吠えている。バレたらまずそうだ。あの犬、俺に噛み付こうとしているみたいに見えるぜ。裸なのがバレたら先生にチクられた挙句に通報されて大問題になるのではないかと、さすがの俺も焦り始めた。

 ちょっとみんなを笑わせてやろうと思っただけなのに…、どうも雲行きが怪しくなってきたのだ。

「私たち修学旅行中でちょっとはしゃいじゃって。すいません、静かにします」

 中邑が後ろから答える。可愛らしい声で大人みたいにちゃんとした受け答えしやがって、さっきまで同級生だったのに急に大人びて見えてきたじゃないか。

「ん~! 怪しいねー!」

 オバサンは怯まない。笹木と渓口の後ろに隠れる俺を見ようとしているのか首の角度を変えながら覗き込もうとしていた。ピンチだ。

「まずいね…。バレちゃいそう…」

「大丈夫よ、ババアは夜目が利かないから…」

 中邑と市河が小声で話し合う。

「あ」

 渓口が声を上げた。なんだろうと周りを見ると一人、二人、三人…と通りに現れた。

 スーツの禿げたオジサンと大学生くらいの兄ちゃんと高校生のお姉さんだ。人通りが少ないと思ったけど、そこそこの交通量らしい。

「どうしよう… 隠し通せないかも」

 笹木が小声で弱音を吐いた。

「コッチよ」

 市河が何かを発見したらしい。ゆっくりと押しくらまんじゅうをしながら移動する。お尻が俺を押して、おちんちんがぐにゅうっと押し潰れる。お尻に挟まれて担ぎ上げられるかのように俺は7・8メートル移動させられた。

 どんっ

 市河のケツに押されて俺は後ろに押し出された。

 そこはビルの1階がまるまる駐車場になった真っ暗な空間だった。何台かの車が停められている。会社は営業を終えているみたいでひっそりとしていた。

「いこっ」

「きゃは」

 笹木と渓口はタッタッタッと走っていった。

「騒いですいませんでした」

「失礼します」

 中邑と市河はオバサンにぺこっと頭を下げる。そして前の二人に続いた。 

 俺は急に一人きりにされてしまったのだ。

 明かりもなく冷たい静かな空間に、裸で一人ぼっちになる。駐車場の入口からオバサンが見えた。俺はバレないようにもっと奥に引き下がるしかなかった。

 しばらく息を潜めるしかない。

「…」

 オバサンは走り去った女子たちを目で追っていた。俺には気づいていないみたいだ。犬だけは俺を睨んで唸っているが、オバサンのパワーを前に犬はリードを振りほどけないようだ。

「…」

 オバサンは一度だけ犬が睨んでいるほうをキッ!!!!と鋭い眼光で睨みつけてきた。

 俺はビクッと身を縮ませた。

 南無阿弥陀仏! 南無阿弥陀仏!

「…」

 怖くてジッとして隠れていた。

 やがてオバサンは静かに消えていった。犬を引き摺ってどこかに行ってくれたらしい。

 ホッとした。

「…」

 どうしよう…。一度 隠れるともう外に出るのが怖くなってきた。女子たちも男友だちも居なくなって急激に不安に襲われた。外で素っ裸なのが手伝って不安を大きくさせた。あんなに優しく守ってくれた女子たちがあっさり居なくなって足が震えてしまった。服を持ってきてくれると言った男友だちを信じて待つしかないと思った。

 あれ…。

 なんだ。

 目から冷たい汗が…。

 見知らぬ土地の無機質なコンクリートに囲まれた空間に一人。同級生が居たからこそ裸芸が笑いを誘うのだと理解した。仲間が居なければ素っ裸で外を歩いている変なやつとしか見られないだろう。帰宅を急ぐ大人たちが通りを歩いているのが見えた。知らない人の前にすっぽんぽんで飛び出す勇気が湧いてこない。

 どれくらいの長い時間そうしていただろう。俺はヒザを抱えて壁を背に身を潜めていた。

「何してんのあんた?」

 ハッと顔を上げる。

 笹木が立っていた。笹木だけじゃない。渓口がにやっといつもの憎まれフェイスで笑ってみせる。中邑と市河が後ろに続いた。

 俺はとっさに抱えたヒザをもっと抱き込むようにして足でおちんちんを隠した。

「んだよお前ら! 帰ったんじゃねぇのかっ」

「心配だから戻ってきたんじゃん。なに草凪、あんた泣いてんの?」

「うそぉっ? なんで? なんで泣くの?」

「うるせい! 泣くワケねぇだろ!」

 俺は泣いてなんかいない。バカじゃねえの、コイツら!

「置いてかれたと思ったんでしょー?」

 渓口がイヒヒと小馬鹿にしてきた。俺は猛烈に腹を立てる。子どもじゃないんだ。そんなわけがない。ぐすっと俺は鼻をすすって答えられなかった。

「そんな言い方したら可哀想だよ」

 中邑が後ろでフォローしてくれた。弱者を庇う感じだ。

「さっきのババア巻くためだよ。ショーがないでしょ?」

 笹木がくびれた腰に手を充てたまま、ため息をついた。呆れたといった感じで俺を見下す。まるで世話のやける弟だと思っているようだった。

 俺はみんなに子ども扱いされて恥ずかしくて悔しくて顔を伏せた。

「立ちなよ。早く帰らないと先生に怒られるよ。飯田のやつ怖いんだから」

 笹木は俺の腕を取った。無理やり立たそうとする。

 まずい、おちんちんを見られてしまう。俺は股の後ろにおちんちんを挟み込んだ。後ろ側に棒と玉を追いやる。

 そのまま体育座りの状態から立ち上がる。腰をかがめたままだ。空いている手で股間を隠す。おちんちんが股の後ろに隠れた状態だとまともに歩けそうにないな…。

 解説しよう。

 これは俺たち男子の間では「女の子状態」といって一緒に風呂に入るときなんかふざけてやる遊びの一種である。「女の子だー」と言ってよく笑いあったものだ。真正面から見るとおちんちんは見えない。腰を落としてお尻を突き出しているからぷりっとお尻が強調されるし、股をピッタリ閉じているから内股になって、まるで女の子みたいなのだ!

「ちゃんと歩きなよ!」

 そんなこととは知らない女子たちは俺がふざけて変な歩き方をしているとムッとした顔を向けてきた。


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